コラム

永遠? アンデス高地、アイマラ族夫婦の生活と過酷な現実『アンデス、ふたりぼっち』

2022年07月29日(金)17時15分

新年を迎える祭りでは、聖なる大地や山の神々、先祖たちに供物を捧げ、「新しい年も我々と我々の作物や家畜をお守りください」と祈る。そこでウィルカは自分たちの運勢を占ってみるが、不吉なメッセージを受け取る。彼は、「今年は不幸が起こり、死が私たちにはりついているそうだ」と語る。

それが先述した大きな分岐点であり、老夫婦が営む伝統的な生活は、連鎖反応を起こすように崩壊へと向かっていく。但し、彼らの置かれた状況が急に変化してそれが起こるわけではなく、兆しは前半から見え隠れしていた。

外から持ち込まれたものによって変化する

じゃがいもを足で踏むウィルカは、ひどく疲れたと漏らす。息子が戻ってくれば、無理をせずにすむはずだが、パクシはかつて息子から、「アイマラ語を話すのは恥ずかしい」と言われたことを思い出す。そんなやりとりからは、カタコラ監督のメッセージを読みとることができるが、そんな台詞や言葉に頼らなくても、アイマラ族に対する彼の想いはひしひしと伝わってくる。

たとえば、ウィルカとパクシが行う祭りだ。本作の原題"WIÑAYPACHA"は「永遠」を意味するが、それと儀礼は無関係ではないだろう。儀礼は生活が続く限り永遠に繰り返されていくが、老夫婦には祭りを継承する者がいない。彼らが家畜の繁殖や繁栄を祈っても、やがて世話をすることができなくなる。家畜を守っているのも老犬で、代わりはいない。

また、彼らの生活もすべてが昔のままというわけではなく、外から持ち込まれたものによって変化している。それがマッチだ。本作で、パクシがかまどに火を入れたり、ランプに火を灯すためにマッチをする様子が印象に残るのは偶然ではないだろう。カタコラ監督は、マッチを「グローバリゼーションの産物」と表現している。

本作では、そのマッチが崩壊のきっかけとなる。パクシはマッチを使い切る。マッチを手に入れるためには遠く離れた村まで行かなければならないが、足腰が弱ってきたウィルカは躊躇する。それでも村に向かうが、たどり着けずに倒れてしまい、そこから老夫婦は次々と悲劇に見舞われていく。

では、これは悲劇なのかといえば、おそらくそうではない。高地に暮らすアイマラ族は、生きるために必要なものをすべて失っても、還るべき場所があり、それが示されることでアイデンティティが鮮明になる。都会に出ていった息子は、言葉だけでなく、還るべき場所を失ったともいえる。

本作は、アイマラ族の伝統的な生活と彼らが直面する問題を描きながら、いつしかリアリズムを超えて神話的な物語に見えてくるところに大きな魅力がある。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

オランダ政府、ネクスペリアへの管理措置を停止 対中

ワールド

ウクライナに大規模夜間攻撃、19人死亡・66人負傷

ワールド

ウクライナに大規模夜間攻撃、19人死亡・66人負傷

ワールド

中国、日本産水産物を事実上輸入停止か 高市首相発言
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、完成した「信じられない」大失敗ヘアにSNS爆笑
  • 4
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 7
    衛星画像が捉えた中国の「侵攻部隊」
  • 8
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 9
    ホワイトカラー志望への偏りが人手不足をより深刻化…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story