コラム

シリアの惨状を伝える膨大な映像素材を繋ぎ合わせた果てに、愛の物語が生まれる

2016年05月17日(火)15時40分

 この新作でも彼は、亡命者であることの負い目に苛まれながらも、そんな姿勢を貫こうとする。映画には、彼がYouTubeで見つけた、政府軍に捕らえられ、拷問を受ける少年の映像が、全体の象徴のように挿入される。彼が膨大な素材から選び出した映像には、弾圧の犠牲になった人々への敬意が表れ、人間の尊厳へのこだわりが滲む。

何を撮るべきかを模索し、より身近な世界を掘り下げていく

 但し、再構築された映像の流れは、大衆による民主化運動から武装闘争へと移行するなかで、政府と反体制組織の二元論的な図式に陥りかける。しかしそこで、オサーマの視点を大衆へと引き戻すのが、政府軍に包囲されたホムスに生きるシマヴの存在だといえる。彼女はオサーマとの交流を通して何を撮るべきかを模索し、政府軍による砲撃のような、誰もがカメラを向ける現実ではなく、より身近な世界を掘り下げていく。それはたとえば、戦火に巻き込まれて深い傷を負った猫たちの痛々しい姿や、彼女が始めた学校に集まった子供たちの表情や、そこで彼らに見せるチャップリンの映画の一場面などだ。

 シマヴが作ったのは革命派の学校だったが、そんな彼女は、学校を勝手に運営し、髪も隠していないなどの理由で、政府軍ではなく革命派に拘束される憂き目にも遭う。それでもホムスから逃げ出そうとしない彼女に、オサーマの心は揺れ動き、嫉妬にも似た感情を抱いたあげく、自らを省みることになる。彼は、独裁を生み出すのは社会の責任であり、独裁者を屈辱することは簡単だが、自身のなかに潜む独裁者を見つけ出すのははるかに難しいと考える人間だった。亡命者となった彼は、この映画を通して、あらためてそんな内なる独裁者の存在を確認していたのかもしれない。

《参照記事》
CAPTURED ON FILM: Can dissident filmmakers effect change in Syria? by Lawrence Wright | THE NEW YORKER

○映画情報
『シリア・モナムール』
監督:オサーマ・モハンメド
公開:6月18日よりシアター・イメージフォーラムほかにて公開 全国順次ロードショー
© 2014 - LES FILMS D'ICI - PROACTION FILM

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

FRB理事候補ミラン氏、政権からの利下げ圧力を否定

ワールド

ウクライナ安全保証、26カ国が部隊派遣確約 米国の

ビジネス

米ISM非製造業指数、8月は52.0に上昇 雇用は

ビジネス

米新規失業保険申請、予想以上に増加 労働市場の軟化
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害」でも健康長寿な「100歳超えの人々」の秘密
  • 4
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 5
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 6
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 7
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 8
    世論が望まぬ「石破おろし」で盛り上がる自民党...次…
  • 9
    SNSで拡散されたトランプ死亡説、本人は完全否定する…
  • 10
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 10
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story