コラム

男がCAやったっていいじゃないか!

2013年07月03日(水)14時11分

「欧米系の話ですが、日本人乗務員を募集すると、かなりの男性が応募してきます」

 知人のアジア系航空会社職員のメールに、思わず目を疑った。エアラインの客室乗務員(CA)といえば、今も昔も華やかな女性というイメージが筆者の頭に刷り込まれていたからだ。そんな話は聞いたことがないし、現実に世界の航空会社で日本人男性CAが増えているならニュースだ。Newsweek日本版7月9日号の特集『エアライン新常識』のリサーチ段階でこの話が飛び込んで来て、実際に取材を始め、関係者に話を聞けば聞くほど、航空業界のCAをめぐる意外な「真実」が浮かび上がって来た。

 まず、男女を問わずかなり多くのCAが各国のエアラインで働いているのに、その総数や彼女ら彼らの国籍、性別に関する統計のたぐいが世界には一切存在しない。最近急速に成長している中東系エアラインでも約3500人のCAがいることを考えれば、おそらく全世界のエアラインには数十万人単位で「機上労働者」がいるだろう。華やかなイメージで語られることが多いが、CAの労働の実態は過酷だ。週に1回程度のフライトではあるが、いったん勤務に入れば現地までの10数時間ほぼ働き詰めで、実はかなり重い荷物を運ぶ肉体労働もあり、時には「モンスター」な客の相手もしなければならず、現地で時差ぼけを直す暇もなく帰りの便に乗る――。イメージと現実の乖離が知られていないのは、CA業界の全体像が把握されていないこととも関係しているはずだ。

 次に取材を進めて分かったのは、日本人男性CAが増えつつあるのは、主に欧州系と中東系エアラインらしい、ということ。欧州系航空会社が採用するのは、伝統的に男女の分け隔てなく人材を採用する伝統があるからだが、中東系での採用が増えているのは、明らかにオイルマネーを背景にした路線数の拡大が背景にある。ある北欧系エアラインは約100人いる日本人CAのうち10人が、中東系だと約50人のうち4人が男性を占める。爆発的に増えているという訳ではないが、規制緩和を背景に路線拡大で採用を増やす欧州系や中東系エアラインで徐々に数を増している――。どうやらこういう現状らしい。

 日本人男性のCA希望者が欧州や中東のエアラインに向かうのは、そこにしか働き口がないからでもある。日本のJALやANAは採用試験でこそ男女の区別をしていないが、実態としては客室乗務員の専門職として男性を採用していない(いわゆるパーサーは総合職の男性職員が配置転換で管理職として勤務しているだけで、CAとして採用されたわけではない)。「CAとしての能力的にまだ女性の方が高いのも原因だが」と、エアライン就職支援コンサルタント『ストラッセ東京』の古澤有可代表は言う。「職業と性について、日本人の意識の中に動かしがたい壁が存在する」。中東系と同じく猛スピードで業務を拡大しているアジアのエアラインが、男性CAの採用に必ずしも積極的でないのも、同じ「壁」が利用者や採用する航空会社側に根強いからだろう。

 日本人男性CAが増えているのは、働く日本人男性側の意識の変化もある。「もともと飛行機が好きで、世界に飛び出す仕事がしたかった」と、ある北欧系エアラインの日本人男性CAは言う。「自分自身に『女性の仕事をする』という抵抗感はなかったし、周りからも反対されなかった」。『ストラッセ東京』の古澤代表によれば、男性のCA志望者は英語ができて海外で仕事がしたい、というタイプが多い。採用実績がないにもかかわらず、JALやANAの採用試験にチャレンジする健気な人もいるのだという。

 実は男性CAを採用するメリットも航空会社にはある。産休や育休で職場を抜けることの少ない男性は、会社側から見れば女性に比べて管理がしやすい安定した働き手だからだ。世界のエアラインだけでなく、実は日本でもJALやANA以外の新興エアラインやLCC(格安航空会社)で男性CAが少しずつ増え始めているのは、そういった背景ゆえだ。

「スター」も生まれている。中東系エアラインに勤務する菅谷基広氏(31)は名古屋市立中学校の理科教員からCAに転職したが、すぐれた働きぶりが評価され、このエアラインの「Premium Crew of the month」「Star Performer」といった賞を獲得。日本人として初めて、「Onboard Coach」としてほかのCAの教育係に就任することが決まった。

 CAは空の接客係であると同時に、1万メートルの高度で乗客の安全に責任を持つ旅客機の精神的支柱でもある。責任ある仕事なのに、規制緩和の時代におけるコストカットのしわ寄せはCAにも容赦なく来ている。『ストラッセ東京』の古澤代表によれば、日本のエアラインに勤務する女性CAの多くは契約社員で、給与も手取りで月20万円に満たない人が多いという。

 せっかく生まれた一度きりの人生なのだから、男性も女性も自分のやりたい仕事を思い切りやればいい、と思う。職業におけるジェンダーなど、実はほとんど存在しない。あるとすれば、それは思い込みでしかない。男性CAは会社側にとって突然休むことのない便利な存在かもしれないが、その反面で長期雇用が前提の簡単にクビを切れない働き手でもある。男性CAの存在が、航空会社によって「搾取」されがちなCAの雇用現場の改善につながる――かもしれない。

 毎年5月、CAを含めた全員が男性クルーのJALの「こいのぼりフライト」がニュースになるのは、男性CAが「逆差別」されていることの裏返しだ。ただ外堀は埋まりつつある。JALやANAでも日本人男性CAが採用される日はそう遠くないはずだ。

――編集部・長岡義博(@nagaoka1969)

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ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

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