コラム

ラジオ・ムッラーと髭

2010年05月28日(金)16時04分

 タリバンの有力なリーダーの1人が、パキスタンとの国境に近いアフガニスタンのヌーリスタン州で殺されたとのニュースが報じられている。彼の名はマウラナ・ファズルラー。パキスタンの北西辺境州スワート地区でイスラム原理主義による恐怖政治を敷き、住民を震え上がらせていた人物だ。さらに最近ではアフガニスタンで攻撃を行っていた。

 アフガニスタンの国境警備隊が、ヌーリスタン州が拠点のタリバンと行動していたとみられるファズルラーを銃撃戦の末に殺害したという。ヌーリスタンにはパキスタンのタリバンメンバー500人ほどが政府機関などに対して攻撃を仕掛けていたようだ。

 ファズルラーといえば、昨年、パキスタン北西部ペシャワル近郊の街バンダ・ナビで見た光景を思い出す。

 イスラマバードから車で数時間をかけて移動したのだが、通り過ぎる街に溢れる男たちの多くが、長いひげを蓄えていた。これらの街はパキスタン北西部のイスラム原理主義組織の影響下にあったために、ひげを剃らない人も多かった。

 だがバンダ・ナビは違った。街に入ると、目抜き通りの両サイドには商店が並び、忙しく男たちが行き交ってた。だが彼らのほとんどが、長いひげを生やしていない。大学教授である友人が説明してくれた。「タリバンの支配地域に近いここは、みんな意図的にひげを剃っているんだ」

 当時、パキスタン政府はバンダ・ナビから北に位置するスワート地区で、タリバンの大規模な掃討作戦を行なっていた。昨年5月のことだ。つまり長々とひげを伸ばしていると、パキスタン軍によって街に逃げ込んだタリバンだと疑われる恐れがあった。実際、攻撃によって家を追われた住民の難民キャンプには、タリバンがまぎれて逃げ込んでいた。

 死亡が噂されるマウナラ・ファズルラーは、パキスタン軍の大規模掃討作戦が行なわれるまで、違法なFMラジオ電波を利用し、スワート地区などで過激なイスラム原理主義を説いていた。そこでついた名前が「ラジオ・ムッラー(イスラム聖職者)」だ。

 住人は、毎晩8時に始まるその放送を決して聴き逃すわけにはいかない。反イスラム的な行いが伝えられ、ラジオで違反者として名指しされれば、家を追われるか、死を意味した。さらにタリバンはカラシニコフ銃を手に、街をパトロール。08年には、70人の警官が首を落とされ、政府の仕事をする役人などはそれだけで処刑の対象だった。

 女性は教育を受けられないし、テレビ、DVD、歌や踊りなどはすべて反イスラム的だとみなされた。ラジオでは違反したために処刑される「容疑者」の名前が伝えられ、捕まると首を切り落とされ、広場に見せしめとして放置された。

 そして男性は決してひげを剃ってはいけなかった。反イスラム的だとして処刑の対象になったからだ。ひげの薄い人は、それを示す証明書が必要だった。

 それでもバンダ・ナビの男たちはパキスタン軍の存在を後ろ盾に、タリバンではないと証明するためにひげを剃った。そこにパキスタンやアフガニスタンでのタリバンとの闘いに鍵があるように感じる。

 パキスタンでもアフガニスタンでも、反タリバンの部族は少なくない。彼らにタリバンを排除できる大きな後ろ盾を与え、その地域を広げていくことも、タリバンと戦う上では1つの重要な手になるはずだろう。

----編集部・山田敏弘

このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

インドネシア中銀、3会合連続金利据え置き ルピア支

ビジネス

英CPI、11月は前年比+3.2%に鈍化 3月以来

ワールド

中国訪日客、11月は3.0%増に伸び大幅鈍化 長官

ビジネス

MUFG、印ノンバンクに40億ドル以上出資へ=関係
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を変えた校長は「教員免許なし」県庁職員
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 7
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 8
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 9
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 8
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story