コラム

財政赤字削減は「アメリカン・アイドル」方式で

2010年05月20日(木)11時00分

 ギリシャ危機をきっかけに、巨額の財政赤字をかかえた国の話題が連日のように伝えられている。第2のギリシャといわれるポルトガルやスペイン、過去最大の財政赤字を解消するために緊縮財政を掲げる保守党が政権を取ったイギリス、国庫の「借金」が税収を上回る日本・・・。実際、ほとんどすべての先進国が、程度の差こそあれ、ギリシャと似たり寄ったりの危うい財政事情をかかえているというから、これはまさに一人ひとりの生活にも直結する重要なテーマだ。

 でも、経済用語のオンパレードに拒絶反応を感じたり、自分の力ではどうしようもないとあきらめモードに陥る人は少なくないはず。そんな人たちにも国の財政問題を身近に感じてもらうため(そして、厳しい懐事情を理解して、増税や社会福祉削減を受け入れてもらうため)、アメリカで市民参加型の「仕分け」サイトが立ちあがった。


 これは、共和党の下院議員エリック・カンターが先週立ち上げたウェブサイト「ユーカット(YouCut)」。毎週、「仕分け候補」として5つの項目がリストアップされており、廃止・削減すべきだと思うものにウェブや携帯電話で投票できる。視聴者の投票で優勝者を決めるオーディション番組「アメリカン・アイドル」のノリだ。


 第1週目の仕分け候補の一つは、大統領選候補への助成金2億6000万ドル。「候補者は自身で多額の寄付を集めており、公費による助成は不要」という主張に賛同するなら、「投票」をクリック。最も多くの票を集めた項目の廃止を、法案として議会に提出するという。

 「国民を巻き込むことで、ワシントンの無駄遣いカルチャーを変える」というカンターの意気込みは評価していいと思うし、こんな直接的な政治参加が可能なのはいかにもアメリカらしい。

 もっとも、民主党からは、11月の中間選挙に向けた売名行為だとの非難が続出。さらに、味方であるはずの共和党支持者からも、冷やかな声が漏れ聞こえてくる。最大の理由は、1兆4000億ドルという巨額の財政赤字(09年)に比べて、仕分けによる削減効果があまりに小さいこと。共和党寄りのシンクタンク、ケイトー研究所のクリス・エドワーズは、次のように指摘している

「仕分け候補となっている項目の年間の削減額は平均わずか6億3800万ドル。連邦政府支出の0.017%でしかない。別の言い方をすれば、連邦政府支出5800ドルに対して、1ドル節約できるだけ。(中略) これでは、エンパイア・ステートビルが燃え盛っているときに、水鉄砲をもった幼児に消火活動をさせるようなものだ」

 
 それでも、ユーカットの立ち上げから数日で30万人近くが投票したというから、「国民の当事者意識を高めるという意味では「アメリカン・アイドル」方式はアタリなのかもしれない。少なくとも、仕分けを担当する政治家の言葉尻をとらえては外野から文句を言うだけの、どこかの国の有権者よりはずっとましだと思う。

──編集部・井口景子

このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ドイツ銀、第3四半期は黒字回復 訴訟引当金戻し入れ

ビジネス

JDI、中国安徽省の工場立ち上げで最終契約に至らず

ビジネス

ボルボ・カーズの第3四半期、利益予想上回る 通年見

ビジネス

午後3時のドルは152円前半、「トランプトレード」
MAGAZINE
特集:米大統領選 イスラエルリスク
特集:米大統領選 イスラエルリスク
2024年10月29日号(10/22発売)

イスラエル支持でカマラ・ハリスが失う「イスラム教徒票」が大統領選の勝負を分ける

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶりに大接近、肉眼でも観測可能
  • 2
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」ものはどれ?
  • 3
    リアリストが日本被団協のノーベル平和賞受賞に思うこと
  • 4
    逃げ場はゼロ...ロシア軍の演習場を襲うウクライナ「…
  • 5
    トルコの古代遺跡に「ペルセウス座流星群」が降り注ぐ
  • 6
    大破した車の写真も...FPVドローンから逃げるロシア…
  • 7
    死亡リスクはロシア民族兵の4倍...ロシア軍に参加の…
  • 8
    中国経済が失速しても世界経済の底は抜けない
  • 9
    ウクライナ兵捕虜を処刑し始めたロシア軍。怖がらせ…
  • 10
    「ハリスがバイデンにクーデター」「ライオンのトレ…
  • 1
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶりに大接近、肉眼でも観測可能
  • 2
    死亡リスクはロシア民族兵の4倍...ロシア軍に参加の北朝鮮兵による「ブリヤート特別大隊」を待つ激戦地
  • 3
    大破した車の写真も...FPVドローンから逃げるロシア兵の正面に「竜の歯」 夜間に何者かが設置か(クルスク州)
  • 4
    韓国著作権団体、ノーベル賞受賞の韓江に教科書掲載料…
  • 5
    目撃された真っ白な「謎のキツネ」? 専門家も驚くそ…
  • 6
    ウクライナ兵捕虜を処刑し始めたロシア軍。怖がらせ…
  • 7
    逃げ場はゼロ...ロシア軍の演習場を襲うウクライナ「…
  • 8
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 9
    裁判沙汰になった300年前の沈没船、残骸発見→最新調…
  • 10
    北朝鮮を訪問したプーチン、金正恩の隣で「ものすご…
  • 1
    ベッツが語る大谷翔平の素顔「ショウは普通の男」「自由がないのは気の毒」「野球は超人的」
  • 2
    「地球が作り得る最大のハリケーン」が間もなくフロリダ上陸、「避難しなければ死ぬ」レベル
  • 3
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶりに大接近、肉眼でも観測可能
  • 4
    死亡リスクはロシア民族兵の4倍...ロシア軍に参加の…
  • 5
    大破した車の写真も...FPVドローンから逃げるロシア…
  • 6
    ウクライナに供与したF16がまた墜落?活躍する姿はど…
  • 7
    漫画、アニメの「次」のコンテンツは中国もうらやむ…
  • 8
    エジプト「叫ぶ女性ミイラ」の謎解明...最新技術が明…
  • 9
    ウクライナ軍、ドローンに続く「新兵器」と期待する…
  • 10
    韓国著作権団体、ノーベル賞受賞の韓江に教科書掲載料…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story