コラム

老人自ら死を選択する映画『PLAN 75』で考えたこと

2023年03月20日(月)20時45分
PLAN 75

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<舞台は75歳以上で自ら死を選択できる制度が施行された近未来の日本。「自ら選択」と言うけれど──>

小学生の頃は中学生が大人に見えていた。体も大きいし声も低い。きっと内面も違うはずだ。でも中学生になって、あまり成長していない自分に気付く。おかしいな。ならば高校生だろうか。

以降はその繰り返し。高校生になれば大学生が、大学生の頃は社会人が、社会人1年生の時代には30代が、成熟した大人に見えていた。

もうオチは明らかだけど、還暦を過ぎた今、いくら齢(よわい)を重ねても内面はほとんど変わらないことを知ってしまった。場数は踏んだから少しはずるくなったかもしれないけれど、逆に言えばそれだけだ。中身は子供時代とほとんど変わっていない。

いやいや自分はしっかりと成熟していると思っている人には申し訳ないけれど、多くの人はそうなのだろう。三つ子の魂百まで。この慣用句を今だからこそ実感している。人は自分がいつかは成熟すると幻想しながら齢を重ねるけれど、それは文字どおり幻想なのだ。

ただし内面はともかく、年齢を重ねたことは事実だ。同窓会などに参加してかつてのクラスメイトたちを見ながら、あいつ老けたなあとか彼女も年を取ったなあなどと(言葉にはしないが)思う。ならば自分も年を取ったのだ。

『PLAN 75』の舞台は、75歳以上で自ら死を選択できる制度「プラン75」が施行された近未来の日本。夫と死別して1人で暮らす78歳の角谷ミチはホテルの客室清掃の仕事をしていたが、高齢を理由に解雇され、「プラン75」の申請を検討し始める。

自ら選択と書いたが、70歳を過ぎて1人で生きてゆくのは難しい。この国はずっと、社会保障や福祉について真剣に考えてこなかった。収入が乏しくて一緒に暮らす家族がいない老人は、多くの選択肢を持てない社会なのだ。

主軸となるミチの日常に、若い世代の2人の日常が交錯する。「プラン75」申請窓口で働くヒロムと、フィリピンから単身出稼ぎに来た介護職のマリアだ。

率直に書けば、3人の軸が効果的に機能しているとは言い難い。もしもアメリカン・ニューシネマならば、最後にミチは点滴チューブをむしり取ってヒロムやマリアの手を借りながら、他の老人たちと共に施設から脱走するはずだ(でも最後にミチは死ぬ)。

もちろんそんな映画をいま見せられたら、今どきアメリカン・ニューシネマかよと僕は言うだろう。これはないものねだり。でもねだりたい。だって足りないのだ。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ナワリヌイ氏殺害、プーチン氏は命じず 米当局分析=

ビジネス

アングル:最高値のビットコイン、環境負荷論争も白熱

ビジネス

決算に厳しい目、FOMCは無風か=今週の米株式市場

ビジネス

中国工業部門企業利益、1─3月は4.3%増に鈍化 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ」「ゲーム」「へのへのもへじ」

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 6

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 7

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 8

    走行中なのに運転手を殴打、バスは建物に衝突...衝撃…

  • 9

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 10

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story