コラム

女相撲×アナキスト 『菊とギロチン』に見る瀬々敬久の反骨

2021年02月26日(金)16時45分

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<時代と国家と良識にあらがい、自由を希求する──瀬々の志を体現する女たちとテロリスト集団の計画は失敗ばかりだが...>

欠点だらけだが嫌いになれない友人がいる。あるいは欠点は目につかないのに魅力を感じることができない人もいる。映画もそういうものかもしれないと時おり思う。いや映画だけではなく、そもそも表現とはそういうものなのだろう。

この映画は発表直後には、「女相撲とアナキスト」というサブタイトルが付いていたらしい。正式なタイトルは『菊とギロチン』。どちらにせよ意味が分からない。「菊」は何か。僕は「菊の御紋」を意味しているのだろうと何となく思い込んでいたが、この原稿のために調べたら、実在したテロリズム(アナキズム)集団「ギロチン社」の中心メンバーで映画の主役でもある中濱鐵(なかはまてつ)が残した短歌「菊一輪 ギロチンの上に微笑(ほほえ)みし 黒き香りを遥かに偲(しの)ぶ」が由来らしい。いやそれとも、女相撲の新人力士でもう1人の主役「花菊ともよ」の名前なのか。いややっぱり菊の御紋なのか。......分かんないよ。

これが瀬々敬久の一つの流儀だ。過剰な説明はしない。平気で観客を置き去りにする。言い換えれば、菊の解釈などどうでもいいと思っているのかもしれない。

瀬々にはたくさんの顔がある。そもそもはピンク映画の巨匠だった。ドキュメンタリー作品も数多い。実際に起きた事件を題材にする社会派でもある。さらに大ヒットしたメジャー映画『感染列島』や『64─ロクヨン─』なども監督している。

要するに不器用な職人、いや器用なのか。よく分からない。そういえば風貌も宮大工の親方みたいだ。でも繊細。そしていまだに女性を土俵に上げない大相撲に対するアンチとして屹立(きつりつ)する「女相撲」と、テロリスト集団である「ギロチン社」を主軸に置いた映画を監督することが示すように、徹底して反骨だ。

舞台は関東大震災直後の日本。全国を旅しながら興行していた「女相撲」一座の女たちが、「ギロチン社」の男たちと出会う。ここはもちろんフィクション。彼らの共通項は、時代と国家と良識へのあらがい。それは自由への希求。でも国家は放埓(ほうらつ)な自由を許さない。テロを黙認するはずもない。男たちは要人暗殺を計画する。しかし失敗ばかり。女たちは連れ戻しに来た家族に抵抗できない。結局は勝てない。でも彼らは必死にあらがう。浜辺で踊り狂う。新しい世界を夢見ながら。以下は公式サイトに掲載された瀬々のコメントだ。

「十代の頃、自主映画や当時登場したばかりの若い監督たちが世界を新しく変えていくのだと思い、映画を志した。僕自身が『ギロチン社』的だった。数十年経ち、そうはならなかった現実を前にもう一度『自主自立』『自由』という、お題目を立てて映画を作りたかった。今作らなければ、そう思った。(後略)」

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米CB景気先行指数、8月は予想上回る0.5%低下 

ワールド

イスラエル、レバノン南部のヒズボラ拠点を空爆

ワールド

米英首脳、両国間の投資拡大を歓迎 「特別な関係」の

ワールド

トランプ氏、パレスチナ国家承認巡り「英と見解相違」
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story