コラム

情報機関が異例の口出し、閉塞感つのる中国経済

2024年02月13日(火)17時17分

前述の国家安全部のメッセージが習近平の講話を受けていることは明らかである。ただ、習近平があくまで前向きに語っているのに対して、国家安全部はすべてをひっくり返して後ろ向きに語っている。つまり、習近平は発展と安全の間に好循環をつくろうと言ったのに対して、国家安全部は発展と安全の間に矛盾などないのだ、両者が矛盾する可能性を指摘する奴には悪意があると言い、習近平は中国経済光明論を盛り立てようと言ったのに対して、国家安全部は中国経済衰退論を言う奴はウソつきだと言う。中国の新聞で保守的な学者や評論家が口汚い口調で何らかの論調や傾向を攻撃している文章を見ることは珍しいことではないが、今回は政府機関、それもスパイ摘発にあたる政府機関がそんな口調の文章を発信したことに空恐ろしいものを感じる。

一部の業種における外資参入の制限や2021年にとくに厳しかった民間企業に対する圧迫は、私自身もいろいろなところで指摘してきた。こうした外資への制限や民間企業への圧迫を強めると経済の衰退を招きかねないという懸念には多くのエコノミストが同調するであろう。しかし、国家安全部の言い方では、そうした指摘をする者は敵の回し者だということになる。目下の中国の言論を取り巻く環境が非常に厳しいことを今回の国家安全部の文章は知らしめたし、これからは中国のエコノミストたちが国家安全部に摘発されるリスクにおびえながら物を書いていることを意識しなければならない。

国家安全部のメッセージは、太平洋戦争中に日本が負ける可能性を示唆するような言論が厳しく取り締まられたことを想起させる。言論を封殺しなければならないほど中国経済の状況が悪いのではないかという疑念をかえってかきたてる。

中国経済の行き詰まり

2024年1月17日に2023年のGDP成長率が5.2%だったと発表された。「5%前後」という年初に立てられた成長率の目標を達成したことになる。最近会った何人かの中国人学者から「そんなに成長したなんて信じられますか?」と聞かれた。私は、中国経済の状況が悪いという判断そのものには同意するのだが、5.2%という数字がウソだという見立てには同意できない。

私は中国のGDP成長率が疑わしいと思ったときに、国家統計局がほぼ同時に発表する他の数字との整合性を見ることにしている。GDPを構成するのは、第1次産業(農業や牧畜業など)、第2次産業(鉱工業と建設業)、第3次産業(サービス業)だが、このうちとくに農業と鉱工業に関しては中国の計画経済時代からのレガシーがあって統計が豊富に存在する。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国が北京で軍事パレード、ロ朝首脳が出席 過去最大

ワールド

タイ与党幹部、議会解散の用意と発言

ワールド

再送-アングル:アルゼンチンで世界初の遺伝子編集馬

ワールド

豪GDP、第2四半期は予想上回る+0.6% 家計消
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 5
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 6
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 7
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 10
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story