コラム

アントとジャック・マーは政治的にヤバいのか?

2021年01月20日(水)13時12分

中国の金融当局を批判した後、公に姿を見せていないジャック・マー(写真は2018年9月) Aly Song-REUTERS

<ジャック・マーの政府批判が習近平の逆鱗に触れたからアント・グループの上場が延期されたという「通説」は考え過ぎ?>

昨年11月にアリババ集団傘下の金融サービス会社、アント・グループが上海と香港の株式市場で予定していた株式上場が突然延期となった。アント・グループは新規株式公開(IPO)によって3兆6000億円程度の資金を調達すると見込まれていただけに衝撃は大きい。

新聞報道によると、アリババの創業者でアント・グループの大株主でもある馬雲(ジャック・マー)は10月下旬に、中国政府の金融規制が時代遅れだと痛烈に批判した。それが習近平国家主席の目に触れて怒りを買い、上場延期に追い込まれた――という説がまことしやかに伝えられている(張[2020]、福島[2021]、野口[2020]など)。

ジャック・マーは昨年11月以来、公の場に姿を見せておらず、政治的に「ヤバい」のではないかともいわれている。マーが姿を見せない理由は不明であるものの、その答えは遠からず明らかになるだろう(注:本稿の第1稿を発表した1月20日午後、マーは農村の教師を表彰するオンラインのイベントに登場し、無事が確認された)。

一方、マーの政府批判が習近平の逆鱗に触れたからアント・グループの上場が延期されたという説については、私としてはそれを否定する根拠を持ち合わせているわけではないものの、別にそんな珍説を持ち出さなくても、上場延期の理由は十分に説明できるのではないかと思う。

習近平は関係ない?

中国の金融規制当局は、アント・グループのビジネスはリスクが大きく、中国版のサブプライム・ローン問題を引き起こしかねないと見た。そこで当局は上場が迫ってきた段階で規制強化の方針を打ち出した。これにより、アント・グループは事業の将来が見通せなくなったため上場延期のやむなきに至った。

ジャック・マーの政府批判も、金融当局が規制強化を模索するプロセスで飛び出したもので、その発言があったから上場が延期されたわけではなく、マー発言と上場延期はいずれも規制強化の結果である――中国での新聞報道からはこのような展開だったことが読み取れる。私はこの説明で十分納得できるので、別に習近平を持ち出してくる必要はないように思う。

要するにアント・グループが政治的にヤバいというよりも、そのビジネスモデル自体がヤバいことが上場延期の理由だと思われるのである。

詳しくは本稿の最後の方で説明するが、その前にまずアント・グループのこれまでの発展を振り返っておこう(廉ほか[2019])。

アントの歴史は、2003年にアリババのなかで電子商取引の決済方法を編み出したところから始まる。中国ではクレジットカードが普及していないが、そうしたなかで、見ず知らずの人同士がネット上で商品を売り買いするとき、商品のもらい逃げや代金の取り逃げをどうしたら防ぐことができるのか。アリババが導入したのが「保証取引」という方法である。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

駐日中国大使、台湾巡る高市氏発言に強く抗議 中国紙

ビジネス

米国とスイスが通商合意、関税率15%に引き下げ 詳

ワールド

米軍麻薬作戦、容疑者殺害に支持29%・反対51% 

ワールド

ロシアが無人機とミサイルでキーウ攻撃、8人死亡 エ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗り越えられる
  • 4
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 7
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story