コラム

米中新冷戦でアメリカに勝ち目はない

2020年09月08日(火)11時20分

ただ、成立した当初からココムのなかでは何を「戦略物資」に含めるかをめぐってアメリカとヨーロッパ各国との間ですったもんだが続いた。ヨーロッパは経済復興のためにソ連や東ヨーロッパとの貿易を拡大したかったが、ソ連を締め上げたいアメリカは幅広い品目を禁輸にしようとしたからである。

両者の意見が鋭く対立した品目の一つが天然ゴムである。1951年にイギリスはソ連との間で、英領マラヤ産のゴムをソ連に輸出し、その見返りに穀物を輸入する契約を結んだが、天然ゴムは戦略物資だと主張するアメリカはこれを止めようとした。結局、ソ連向けのゴム輸出は止められなかったが、中国は朝鮮戦争で国連軍と対峙していたため、国連決議によって中国に対するゴム輸出が止められた。ところが、中国は国連未加盟だったセイロンから米とのバーターでゴムを輸入し、国連(アメリカ)の禁輸の裏をかくことに成功した(Adler-Karlsson, 1968: 42, 205-206)。

1984年に起きた、西ドイツ産のデジタル式電話交換機のハンガリー向け輸出をめぐるアメリカと西ドイツの対立も興味深い。アメリカは交換機は軍事転用の恐れがあるとして輸出を拒否したが、これに怒った西ドイツの経済大臣は、この程度の機械がソ連の軍事力に転化するというのであれば、アメリカのソ連に対する小麦の輸出の方がよほど問題である、なぜならアメリカの小麦がソ連兵を養うからだ、と反論した(山本、1987)。

理屈度外視のハイテク企業いじめ?

このように対立が絶えなかったとはいえ、東西冷戦が続いていた間は、何が「戦略物資」であるかをめぐって今よりもまともな議論が交わされていた。

それに対して、いまアメリカがやっている中国のハイテク企業いじめには、いったいどのような戦略的意味があるのか説明がなされていないし、説明することもできないのではないだろうか。

例えば、クアルコムのICやグーグルのアプリは軍事転用も可能だから外国の軍用品メーカーへの輸出を禁じるというのならば理解できる。中国は反抗的だから中国にクアルコムのICやグーグルのアプリを輸出するのは全面禁止だ、というのも米中関係を決定的に悪くするのは必定ではあるものの、理解可能である。

だが、ファーウェイに売るのはだめだが、ファーウェイと同じ中国の民生用スマホメーカーであるシャオミやオッポやZTEに売るのは特に規制しないというのでは道理に合わない。

5Gスマホは軍事転用可能な製品だから中国に持たせたくないのだろうか。それならばファーウェイだけでなく、シャオミ、オッポ、ZTEに対しても同様の規制を行い、さらにアップルの中国向け輸出も禁止し、サムスンの中国向け輸出も韓国政府に圧力をかけて止める必要があるだろう。

世界最新鋭のIC製造技術を持つTSMCの能力が利用できなくなるのは、たしかにファーウェイにとって大きな痛手である。中国国内にもICの製造を受託する企業がSMICなどいくつかあるが、SMICの能力はTSMCより5年ぐらい遅れている。ファーウェイはSMICなど中国国内の製造能力を使って高度なスマホ用ICを作る努力を行うだろうが、このままTSMCへの製造委託ができないと、中高級スマホの分野で競争力を失う可能性が高い。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:欧州の防衛技術産業、退役軍人率いるスター

ワールド

アングル:米法科大学院の志願者増加、背景にトランプ

ビジネス

逮捕475人で大半が韓国籍、米で建設中の現代自工場

ワールド

FRB議長候補、ハセット・ウォーシュ・ウォーラーの
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習慣とは?
  • 4
    「稼げる」はずの豪ワーホリで搾取される日本人..給…
  • 5
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 6
    「ディズニー映画そのまま...」まさかの動物の友情を…
  • 7
    ロシア航空戦力の脆弱性が浮き彫りに...ウクライナ軍…
  • 8
    金価格が過去最高を更新、「異例の急騰」招いた要因…
  • 9
    ハイカーグループに向かってクマ猛ダッシュ、砂塵舞…
  • 10
    今なぜ「腹斜筋」なのか?...ブルース・リーのような…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習慣とは?
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 6
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 7
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 8
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨッ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story