コラム

「顔パス社会」は来るか?

2018年05月18日(金)19時30分

もし顔認証によって個人が特定できるようになれば、たとえば警察が速度違反のクルマを捕まえたときに、ドライバーに運転免許証の提示を求める代わりに、カメラを顔に向けることによって個人を特定し、適正な免許を持っているかどうかを確認できる。「免許証不携帯」という罪自体が必要なくなる。

生協で買い物をするときも、組合員証を見せる代わりに顔を見せるだけで済むようになる。休日に会社に入る時も社員証をかざす代わりに顔をかざせばロックが解除される。カードの顔写真をすり替えて誰かになりすますより、顔を誰かにそっくりに整形して別の人になりすます方がおそらくより難しいだろうから、顔の方がカードよりもより確実に個人を特定できるはずである。

「顔パス社会」が実現したらきっと便利になるだろうと思う反面、その実現のために克服すべき課題もいろいろある。まず顔認証システムの精度と反応速度を上げないと、例えば顔パスの改札システムなんかは実現が難しい。

現状では世界一の性能を持つとされるNECの顔認証システムでも認証精度は99.2%(同社ウェブサイトによる)だというのだから、一卵性双生児を区別するのは難しいかもしれない。出国管理など重要な場面では指紋の情報で補うとか、大きな金額の支払いには使わないなど、取り違えやなりすましによる被害を限定された範囲にとどめるような配慮が必要となる。

無関係の情報まで見られる恐れはないか?

第二の懸念は、顔に結び付けられる個人情報に対して本人が主体性を持ちうるのかという問題がある。現在のカードを利用した認証システムに利点があるとしたら、それは認証してもらう相手に対して限定した情報しか与えないで済む、という点である。例えば、私が生協で組合員証を見せるとき、その相手に明かされる私の属性は生協の組合員であるということだけで、私の勤め先だとか犯罪歴といった情報は明かさなくて済む。

ところが、組合員証の代わりに顔をカメラに向けるとき、相手に対して私が組合員であるということ以外の情報も開示されているかもしれないという不安がつきまとう。例えば店員が見ている画面に私の買い物履歴やその分析結果まで示されていて、店員がいきなり「あなたは最近お酒をいっぱい飲んでいるからこんな商品がお勧めです」なんていって胃薬を出してきたら、気味が悪いと思う人も多いだろう。

もし顔認証が普及したら、顔認証によって収集される個人のさまざまな情報が本人の知らない間に分析されたり共有される可能性がある。日本では自分の情報に対する主体性を失うことに対する抵抗感や不安が強い人がかなり多い。そういう人は顔認証システムの利用を拒否するようになるかもしれない。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結

ワールド

英、中東に戦闘機を移動 地域の安全保障支援へ=スタ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 2
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 3
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生きる力」が生んだ「現代医学の奇跡」とは?
  • 4
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 5
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 6
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 7
    逃げて!背後に写り込む「捕食者の目」...可愛いウサ…
  • 8
    「結婚は人生の終着点」...欧米にも広がる非婚化の波…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    メーガン妃の「下品なダンス」炎上で「王室イメージ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 7
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story