コラム

ゾンビたちを墓場から呼び戻す愚策――石炭増産指令の怪

2016年11月01日(火)17時10分

 2016年から、鉄鋼業と石炭産業の生産能力過剰を段階的に解消していくことが重要な政策課題になり、過剰解消のショックを和らげるための補助金も提供されることになりました。ところが、中国政府は何を血迷ったか、2016年3月になって石炭の生産そのものを制限する政策を打ち出しました。2015年までは炭鉱の生産能力は年間330日稼働することを前提に計算されていたのを、土日と祝日はすべて稼働を停止するという計算に基づき、年間276日のみ稼働を認めることとしました。そのため、各炭鉱の生産が一律に前年の84%(=276/330)に削減されることになったのです。

 この政策が徹底された結果、2016年3月から実際に大幅な減産が行われ、2016年1~9月の石炭の生産量が前年比で10.5%減少しました。石炭の供給が減った結果、石炭価格が6月頃から急激に上昇しはじめ、石炭火力発電所での石炭のストックが20日分以下に落ち込んで、電力供給も危ぶまれるような事態に陥りました。そこで政府は10月下旬に発電や市民の暖房用の石炭の供給拡大を指令するとともに、電力企業と石炭企業とが中長期の売買契約を結ぶよう促し、今後価格の上下動があっても電力企業が石炭を確保できる態勢を作らせようとしています。

減産で生き返った大手企業

 このように10月下旬の石炭増産指令は3月の減産指令の行き過ぎを是正するためのものですが、この3月の減産指令は、一見して過剰生産能力の解消にプラスであるように見えて、実はむしろ過剰生産能力を温存し、産業から退出すべきゾンビ企業を蘇らせる愚策でした。

 中国政府が行った生産削減指令と、生産能力の削減とは字面は似ていてもその中身は正反対といっていいぐらい対照的です。そのことは、自由競争のもとで生産能力の過剰があった場合に何が起きるかを考えればわかります。こうした状況のもとでは石炭価格は下落するはずですから、生産コストが高い石炭企業は苦境に陥って倒産したり、炭鉱を閉める一方、コスト競争力のある石炭企業はむしろ市場シェアを拡大するでしょう。実際、3月の減産指令が出る前まで石炭価格は低迷し、一部の石炭企業がシェア拡大のために石炭を低価格で投げ売りをしていました。そのままの趨勢に任せれば、競争力の低い企業が退出して過剰な生産能力が減少していったはずです。著しい過剰生産能力がある局面では、まさにそうした弱肉強食の残酷な競争を通じて需給関係が調整されるのが市場メカニズムというものです。

 ところがここで中国政府が減産指令を出した結果、市場メカニズムの作用は途中で止められてしまいました。減産指令は実質的にはカルテルとして機能し、過剰生産能力があるのに石炭価格が高騰する結果を招きました。

 日本経済新聞によれば中国政府は大手石炭企業22社に増産を指令したとのこと。このことから3月の減産指令は、実は大手石炭企業を救済するための政策であったことが透けて見えてきます。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米印貿易合意、3月に署名へ 印商工相が見通し

ワールド

インドネシアGDP、25年伸び率は5.11% 3年

ビジネス

独VW、中国車両の大半を小鵬と共同開発の新技術で生

ワールド

米ロ核軍縮条約失効、新たな軍拡競争の懸念 中国が対
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染拡大する可能性は? 感染症の専門家の見解
  • 3
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新世論調査が示すトランプ政権への評価とは
  • 4
    エプスタインが政権中枢の情報をプーチンに流してい…
  • 5
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 6
    ユキヒョウと自撮りの女性、顔をかまれ激しく襲われ…
  • 7
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 8
    トランプ不信から中国に接近した欧州外交の誤算
  • 9
    アジアから消えるアメリカ...中国の威圧に沈黙し、同…
  • 10
    電気代が下がらない本当の理由――「窓と給湯器」で家…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「副産物」で建設業界のあの問題を解決
  • 4
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から…
  • 5
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 6
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 7
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 8
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 9
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大…
  • 10
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story