コラム

「偶然」装い、「警戒心」解き、「追従心」を呼び起こす...宮﨑勤の手口は誘拐犯罪で今なお横行している

2025年09月08日(月)19時00分


案の定、女の子は宮﨑の後を追って階段を下りた。宮﨑は大通りの歩道を歩いていく。だが、女の子を待とうとはしない。5メートルくらい前を歩いている。女の子と並んで歩かないのは、仮に誰かに見られても、誘拐していると思われないためだ。

しかも、この道は団地の窓から見られることもない。中層の建物が立ち並んでいるが、道路に面しているのは窓のない壁だからだ。宮﨑が立ち止まった。団地の駐車場に戻ったのだ。

「よーし、これから涼しいところに行くぞ! さあ乗って」

女の子は満面の笑みを浮かべながら、車の助手席に乗り込んだ。車を発進させると、宮﨑はラジオをつけ、選曲ボタンを押した。

「ボタンを触ってもいいよ」

と声をかけ、女の子が家を思い出さないよう、興味をそらし続けた。

やがて夕暮れが訪れた。眼前には東京都五日市町(現あきる野市)の森林が広がっている。変電所に入り、駐車場で車から降りた。

「今度は電車に乗ろうね」

と宮﨑が優しく話しかける。林道を進みながら、頭の中では欲望が渦巻いていた。だが、同時に恐ろしい考えも浮かび上がる。

(顔を見られた。解放すればまずいことになる。殺すしかない)

宮﨑が笑顔で問いかける。

「ちょっと休もうか」

二人が道の斜面に腰を下ろすと、女の子が小さな声で泣き出した。家のことを思い出したのだろうか。だとしても、宮﨑にはもっと気になることがあった。

(誰かに泣き声を聞かれるかもしれない)

そう思うと、放置できない。宮﨑は女の子を仰向けに押し倒し、その上に覆いかぶさった。そして、両手で首を絞める。彼女が窒息死するまでに時間はかからなかった。

翌日、宮﨑は再び森へ足を運んだ。昨日、幼い命を奪った場所には、まだ冷たく横たわる遺体があった。傍らにしゃがみこみ、ビデオカメラの録画ボタンを押すと、その体に手を伸ばした。記録に残したのは、遺体はいずれ消え去ると考えたからだ。

一年後のこと。宮﨑は再び現場に戻り、土の上に残された頭蓋骨を拾い上げ、自宅へ持ち帰った。庭先の畑で油を注ぎ、火をつける。焦げる匂いが漂うなか、黒く崩れた欠片を段ボール箱に収めた。

宮﨑は、その中に「遺骨 焼 証明 鑑定」と書かれた紙片と、生前に着ていた服の写真を入れ、箱を少女の家の玄関前に置いた。

この犯行をきっかけに、宮﨑は同様の手口を繰り返し、幼い命を次々と奪っていった。


これが、昭和から平成への変わり目に起きた悲劇の始まりだった。

宮﨑の手口を紐解くと、歩道橋を反対側から上って『偶然』を装い、腰をかがめて目線を合わせ『親近感』を抱かせ、先を歩くことで『警戒心』を解き、『追従心』を呼び起こしていたことが分かる。

プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページはこちら。YouTube チャンネルはこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米肥満症治療薬値下げの詳細、トランプ氏と製薬大手2

ビジネス

FRB、現時点でインフレ抑制に利上げ必要ない=クリ

ビジネス

テスラ株主、マスク氏への8780億ドル報酬計画承認

ワールド

スウェーデンの主要空港、ドローン目撃受け一時閉鎖
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「これは困るよ...」結婚式当日にフォトグラファーの…
  • 5
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 8
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 9
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 10
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story