コラム

『ウォーキング・デッド』が犯罪学や社会学の「素晴らしい教材」と言える理由

2025年05月08日(木)14時30分

たった一人で始まった物語が、やがて仲間ができ、集団の物語になっていく。舞台も、野営地から村落へ、村落から都市へ、そして都市から都市同盟へと広がっていく。そのダイナミックな展開を見ていて、ユヴァル・ノア・ハラリ著『サピエンス全史』を思い出した。

著者によると、私たちホモ・サピエンスが、ネアンデルタール人など、ほかの種族との生存競争に勝ち残ったのは、フィクション(作り話)を生み出し、それをみんなが信じたからだという。

つまり、私たちが他を圧倒できたのは、強力なチームワークのおかげであり、それを可能にしたのが、私たちに固有の集合的想像力(共通信念)というわけだ。フィクション(ルールやミッションなど)の共有は、『ウォーキング・デッド』でも、集団が生き残るための重要な要素になっている。

個人的には、長年調査を続けている「城壁都市」の芽生えが、ドラマの中に見て取れたのがうれしかった。海外に行くと、街の境界を一周する城壁が今も高くそびえているのに驚かされる。

かつて民族紛争が絶えず、地図が次々に塗り替えられていた海外では、異民族による奇襲侵略を防ぐためには、人々が一カ所に集まり、街全体を壁で囲むことが有効とされたのである。

しかし、こうした城壁都市づくりの経験は、日本では皆無である。四方の海が城壁の役割を演じ、しかも台風が侵入を一層困難にしていたからだ。実際、日本本土は建国以来一度も異民族に侵略されたことがない。それどころか、戦国時代でさえ、村人や町人は弁当持参で合戦を見物していたという。日本人がリスク・マネジメントに不得手なのは、こうしたラッキーな歴史に原因がありそうだ。

プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページはこちら。YouTube チャンネルはこちら

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