コラム

英米が大増税に舵を切る!?──コロナ対策で膨らんだ政府の借金をどう返すかの議論が始まった

2021年03月05日(金)10時58分

3月3日の予算演説で法人税引き上げを予告したイギリスのスナク財務相(前、後ろはジョンソン首相)

英財務相「2023年に法人税を25%に引き上げ」

[ロンドン発]ワクチン接種で早期に集団免疫を獲得し、コロナ危機からの脱出を目指すイギリスのリシ・スナク財務相は3日、英下院で4070億ポンド(約61兆円)のコロナ緊急経済対策と欧州連合(EU)離脱後の青写真となる予算演説を行った。その中で約半世紀ぶりとなる法人税率の引き上げを発表した。

「2023年に法人税を(現在の19%から)25%に引き上げる。それまでに英経済は回復しているはずだ」とスナク財務相が増税を明らかにすると本会議場がざわついた。イギリスの法人税は1980年代前半には52%だった。「鉄の女」サッチャー改革で引き下げられ、2000年代の30%から19%まで段階的に下げられてきた。

保守党は「小さな政府」と「市場主義」を二枚看板に掲げてきた。世界金融危機のあと誕生したキャメロン保守党政権のジョージ・オズボーン財務相(当時)は緊縮財政を進めた。2016年の国民投票でイギリスがEU離脱を選択すると、外資系企業と投資を引き留めるため法人税を15%未満に下げる考えをぶち上げた。

しかしEU残留派のオズボーン氏は強硬離脱派の台頭で政界引退に追いやられ、法人税引き下げ策は日の目を見なかった。イギリスでの法人税引き上げは1974年、労働党政権のデニス・ヒーリー財務相が社会主義的政策を維持するため税率を12%引き上げて52%にして以来のことだ。

保守党のジョンソン現政権は経済的・社会的な落ち込みが著しい旧炭鉱街の「オールド・レイバー(古い労働党)」の支持を受けて先の総選挙で地滑り的な大勝利を収めたとは言え、ネオリベラリズム(新自由主義)と完全に決別する歴史的な方向転換に保守党内でも不満がくすぶっている。

コロナ危機で英経済は1709年の大寒波以来の落ち込み

12万4千人を超える死者を出し、3度のロックダウン(都市封鎖)を強いられたイギリス経済は昨年、約10%も縮小した。1709年に欧州を襲った大寒波以来の落ち込みだ。しかし予算演説によると今年、成長率は4%まで回復し、来年は7.3%と「V字回復」を達成する見通しだ。

しかし、その代償は大きい。政府借入金は2020年度、平時では最高の3550億ポンド(約53兆2700億円)、21年度は2340億ポンド(約35兆1100億円)に達すると予測されている。

それを穴埋めする財源は所得税、付加価値税(VAT)、国民保険料、法人税だが、コロナ危機で疲弊する国民への負担増を回避するため白羽の矢が立ったのが法人税というわけだ。この法人税引き上げで年170億ポンド(約2兆5500億円)の税収増が期待できるという。

しかしイギリスに進出する外資系企業や投資が、法人税率が半分になる隣国のアイルランドに逃げてしまう恐れが膨らむ。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、9月利下げ観測維持 米ロ首

ビジネス

米国株式市場=まちまち、ダウ一時最高値 ユナイテッ

ワールド

プーチン氏、米エクソン含む外国勢の「サハリン1」権

ワールド

カナダ首相、9月にメキシコ訪問 関税巡り関係強化へ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 4
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 5
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 6
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 7
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 8
    【クイズ】次のうち、「軍事力ランキング」で世界ト…
  • 9
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 10
    【クイズ】アメリカで最も「盗まれた車種」が判明...…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた「復讐の技術」とは
  • 4
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 5
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 6
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 7
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 8
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 9
    産油国イラクで、農家が太陽光発電パネルを続々導入…
  • 10
    輸入医薬品に250%関税――狙いは薬価「引き下げ」と中…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失…
  • 6
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story