コラム

政府が「骨太の方針」で掲げる「プライマリーバランス黒字化」は、もはや意味を失ってしまった

2024年06月26日(水)06時20分
政府の「骨太の方針」は前提となる状況が変化

FRANCK ROBICHONーPOOLーREUTERS

<もともと小泉内閣で竹中平蔵氏が主導した「プライマリーバランス黒字化」という目標は、デフレが続くことを前提に設定されたものだった>

政府の経済・財政運営の方向性を示す「骨太の方針」がまとまった。今回の方針では、基礎的財政収支(プライマリーバランス)を2025年度に黒字化するという目標が復活したが、それ以降についての数値目標はなく、玉虫色の決着と指摘されている。

確かに自民党内に積極財政派と財政再建派の対立があり、裏金問題で党が危機的状況にあるなか、政策面での対立を回避するため、足して二で割った結論になったのは間違いないだろう。

だが、政局を理由に結果を玉虫色にしたこととは別に、プライマリーバランスの目標自体が無意味化しつつある。その理由は、インフレによって金利が急上昇しており、金利を除いた財政目標はもはや現実的ではないからだ。


プライマリーバランスの黒字化目標は、02年度の骨太の方針に初めて盛り込まれて以降、財政再建における議論の中心となってきた。この指標を目標として採用することは、小泉内閣の経財相だった竹中平蔵氏が主導したもので、デフレが続くことを前提に積極財政と健全財政の利害を調整する役割があった。

デフレが続いていれば、金利はゼロに近くなり、政府の利払いも限りなく少額で済む。このため、利払いなど国債に関する費用を除外した指標を採用すれば、より多くの国債発行が可能になると同時に、財政に対して一定の歯止めをかけたことを印象付けられる。

低金利という前提が崩れたときに起きること

こうした経緯から、長くプライマリーバランスは財政健全化の重要指標と見なされてきたが、ここにきて状況が変わってきた。

日本でも本格的なインフレが始まったことで、低金利が当たり前ではなくなっている。最終的に金利は物価見通しと比例するので、インフレが続く限り金利が上昇するのは確実であり、金利が上がれば、当然のことながら政府の利払いも増大していく。

現在、日本政府は1000兆円を超える借金を抱えているが、国債の平均金利が2%になっただけで、政府の利払いは最終的に年間20兆円に達する。現在5兆円の防衛費を2倍の10兆円にするだけで、これだけの大騒ぎになっているのだが、利払い増加のインパクトに比べれば防衛費の増額などかわいいものである。

利払い費を除いた収支がいくら黒字でも、金利上昇で利払い費が増加すれば、利払いのために国債を追加発行する必要に迫られる。こうした時代においてプライマリーバランスを目標値として採用しても、ほとんど意味がなくなってしまう。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

物言う株主サード・ポイント、USスチール株保有 日

ビジネス

マクドナルド、世界の四半期既存店売上高が予想外の減

ビジネス

米KKRの1─3月期、20%増益 手数料収入が堅調

ビジネス

米フォード、4月の米国販売は16%増 EVは急減
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    【徹底解説】次の教皇は誰に?...教皇選挙(コンクラ…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story