コラム

アルゼンチンが経済危機を繰り返す最大の理由

2018年05月15日(火)17時00分

不運にも米国の金利正常化でドル資金が流出

マクリ氏は実業家出身で経済に明るく、フェルナンデス政権が掲げてきた反グローバリズム的なバラマキ政治を否定し、国際金融システムとの協調路線を打ち出した。大統領に就任すると、早速、為替の規制を撤廃。基礎的財政収支の数値目標を設定するとともに、各種の補助金を削減するなど、いわゆる構造改革を次々と実施した。

米国を中心とする国際社会はマクリ政権の方針を歓迎しており、こうした改革が成果を上げるかに見えたが、ここに思わぬ伏兵が登場する。米国の量的緩和策の終了とそれに伴う金利の上昇である。

米国の長期金利は緩和政策の正常化と共に上昇を開始し、2016年には2%を、2017年後半には2.5%を突破した。アルゼンチンなどの新興国は6%から8%程度の金利で債券を発行しているが、米国債が2%以下の水準であれば、新興国債券への投資はリスクと引き換えでも十分にお釣りが来る。

だが米国債が3%の金利をうかがう状況になると、投資家の反応は変わってくる。

米国債という安全確実な資産が3%で回るなら、わざわざリスクの高い債券を保有する合理的な理由がなくなってしまう。各国の投資家は新興国の債券を売り、米国内への投資に切り替えるというポートフォリオの見直しを行い、これによって新興国から大量の資金が流出した。

アルゼンチンもこの影響を大きく受けてしまい、国内からドル資金が流出。ペソが売られて、一気に通貨が下落した。昨年末に1ドル=17ペソだった為替レートは、今年の4月には20ドルまで下落。5月の始めにはわずか3日間で2割も下げるなど暴落に近い状況となってきた。これに伴って国内のインフレも加速しており、現時点では30%を超えているとの報道もある。

アルゼンチン当局は政策金利を40%まで引き上げ、当面の動きを沈静化するとともに、5月8日にはIMFに対して300億ドルの支援を要請するに至った。

経済的に正しいことが政治的に通用するとは限らない

最悪の事態になる前にIMFに対して支援要請を行ったマクリ氏の決断は正しいといってよいだろう。だが、理屈の上で正しいことが政治的に通用するとは限らない。

アルゼンチン国内では、構造改革を嫌う風潮が根強く、これが前政権の長期運営を可能にしてきたという現実がある。マクリ政権は発足してから2年半しか経っていないが、国民の中には早くも改革に反発する声が上がっている。IMFからの支援を受け入れた場合、財政規律などでさらに高い目標が課されるのは間違いなく、これによって景気が冷え込む可能性も高い。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米ウクライナ首脳、日本時間29日未明に会談 和平巡

ワールド

訂正-カナダ首相、対ウクライナ25億加ドル追加支援

ワールド

ナイジェリア空爆、クリスマスの実行指示とトランプ氏

ビジネス

中国工業部門利益、1年ぶり大幅減 11月13.1%
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 5
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 6
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それ…
  • 7
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 8
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 9
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 10
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story