コラム

アメリカの顔認証システムによる市民監視体制は、もはや一線を超えた

2020年09月03日(木)18時20分

一線を越えた顔認証システム

FBIとアメリカの警察は以前から顔認証システムを活用していた。ニューヨーク市警ではFacial Identification Section (FIS)がその任に当たっている。前掲の表のFACEはその代表例だ。その後、事態は大きく変化した。民間企業の台頭がめざましい。技術の発展もさることながら大きく変わったのはSNSの普及と顔認証システム提供企業のモラルかもしれない。

具体的にはネット上(主にSNS)にアップされている写真をAIの学習用データやデータベースとして扱い出した。倫理的な問題だけでなく、法律や利用規約に抵触しそうだが、法的にはクリーンなものもある。たとえばMegaPixelsで紹介されているデータベース(現在、七つ)がそうだ。

いずれも法律および利用規約上の問題はクリアしているのだが、そこに映っている本人たちが自分の動画が使われていることを理解しているかというとそうではないようだ。

MegaPixelsで紹介されているマイクロソフト社のMICROSOFT CELEBはすでに公開を停止しているが、公開時は10万人以上の個人の1,000万枚以上の画像が登録されていた。これらは学術研究用に無償で利用可能だったため、軍事関係の研究者や顔認証システムで知られる中国のSense Time社やMegvii社も利用していた(Financial Times、2019年6月6日)。

現在、アメリカに顔認証システムを提供している民間組織の主なものは次の表の通りである(あくまで代表的な一部の例)。今回は代表的な二つの組織を紹介したい。Clearview AI社とMitre Corporation(非営利団体)である。

ichida0903d.jpg

27カ国、2,228の利用者を持つClearview AI社

業界大手のClearview AI社は、超えてはいけない一線を越えたように見える。今年1月、ニュースサイトやフェイスブック、インスタグラム、YouTubeなどのSNSから自動的に顔写真30億枚以上を収集してデータベース化していたことが暴露された(The New York Times、2020年1月18日)。

同社のシステムはアメリカで600以上の法執行機関や国土安全保障省が使用しているという。同社の出資者にはペイパルの創業者であるピーター・ティールもいる。

最初の顧客であるインディアナ州警察は、同社のClearview AIを試しに使ったところ、たった20分で犯人の特定に成功したという。Clearview AIの機能の評価は高く、前述のFBIのFACEを超えたという声もある。

Clearview AI社の危うさは、画像データの集め方だけではない。顧客の検索内容を把握し、その内容を確認して検索結果を歪めたことが、前掲の記事で指摘されている。同社は記者がClearview AIを導入している顧客に自分の名前を検索してもらった際、検索対象にならないように設定していた。特定の人物を法執行機関の検索から除外することもできるし、逆によくヒットするようにもできることを意味している。

2020年2月には同社の顧客リストが漏洩し、2,228の組織が利用していたことが判明した(BuzzFeed News、2020年2月27日)。しかもそのほとんどは同社と正式な契約を結んでいないフリートライアルの利用者で、記事を掲載したBuzzFeed Newsが取材したところ、利用した企業の責任者はなにも知らず従業員が勝手に利用していたケースもあった。

リストには全米の法執行機関(FBIや国土安全保障省などを含む)はもちろん大学や高校といった教育機関、ウォルマートやベストバイといった小売店チェーン、金融機関、AT&Tやベライゾンといった通信事業者などが含まれていた。利用者はアメリカ国外にも及んでおり、オーストラリア、ベルギー、カナダ、ブラジル、サウジアラビアなど27カ国に及んだ。

一連のトラブルは同社に逆風になるかと思われたものの、アメリカ移民・関税執行局(ICE)は同社と契約を締結した(The Verge、2020年8月14日)。

なお、同社は否定しているが、ゴーグルタイプの顔認証端末も開発中という噂もある。これが実現すれば見ただけで、相手の素性がわかるようになる。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米の日鉄投資計画承認、日米の経済関係強化につながる

ワールド

米空母、南シナ海から西進 中東情勢緊迫化

ビジネス

ECB、政策の柔軟性維持すべき 不確実性高い=独連

ワールド

韓国、対米通商交渉で作業部会立ち上げ 戦略立案へ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 7
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story