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アングル:気候変動で加速する浸食被害、バングラ住民「目覚めたら家が川に」

2025年11月16日(日)07時56分

 曇天の朝、農民のヌルン・ナビさん(50)は竹の棒とトタン板を木製のボートに積み込んでいた。写真は家の屋根を舟へ運ぶ人々。10月、クリグラムのブラマプトラ川上空からドローン撮影。(2025年 ロイター/Sam Jahan)

Ruma Paul Mohammad Ponir Hossain

[クリグラム(バングラデシュ) 10日 ロイター] - 曇天の朝、農民のヌルン・ナビさん(50)は竹の棒とトタン板を木製のボートに積み込んでいた。ブラマプトラ川の脆弱(ぜいじゃく)な中州に1年前に建てた自宅が、今にも水に飲み込まれようとしている。

この1年で彼が家を移すのは2度目となる。

「川が毎日近づいてくる」と4児の父であるナビさんは疲れ切った声で語った。「私たちは苦しむために生まれてきた。苦しみは終わらない。川に家を奪われた回数はもう数えきれない」

ナビさんは、川の堆積物で形成された一時的な島「チョール」へ移るしかない。ヒマラヤを源流とし、中国とインドを経てバングラデシュに流れ込むブラマプトラ川の流れにより、稲やレンズ豆の畑はすでに失われた。

「新しい家で何が待っているか分からない」とナビさんは茶色く濁った川を見つめながら話した。「運が良ければ数年、悪ければ1カ月だ。これが私たちの人生だ」

<一夜で消える土地>

バングラデシュ北部のクリグラムでは、毎年数百世帯が同様の運命に直面する。川岸が崩れることで、人々は家だけでなく、土地や作物、家畜も失う。かつて何百万人もの命を支えたブラマプトラ川、ティスタ川、ダルラ川は、今や予測不能な存在となり、かつてない速さで土地を浸食している。

北部の平野に点在する砂地の移動性島であるチョールは、バングラデシュでも最も脆弱な地域のひとつだ。家族は何度も再建を試みるが、川が全てを奪っていく。

「水は何の前触れもなくやってくる」と、複数のチョールで暮らしてきた農民ハビブル・ラーマンさん(70)は語った。「夜寝て、朝起きると川岸が移動している。目覚めたら家がない。私たちの人生に安らぎはない」

11日から21日まで国連気候変動枠組み条約第30回締約国会議(COP30)が開催されるブラジルに世界の注目が集まる中、バングラデシュの苦境は国際社会への警鐘となっている。同国は堤防の建設、洪水予測の改善、地域密着型の適応策などで称賛されることもあるが、国際的な支援と気候資金がなければ、こうした取り組みは限界を迎える。

「ここに住む人々は、自分たちが出してもいない排出の代償を払っている」と、水資源と気候変動の専門家、アイヌン・ニシャット氏は指摘した。「COP30が意味のあるものになるなら、損失と被害への実質的な資金提供を実現し、我々のような脆弱な国が命と土地を守れるようにすべきだ」

<目に見える気候変動>

科学者らによれば、クリグラムで起きているのは「目に見える気候変動」だという。ブラマプトラ川やティスタ川を支えるヒマラヤ氷河の融解が加速しているためだ。

「氷河の融解は1990年代のほぼ2倍のペースで進んでいる。余分な水が下流に流れ込み、すでに増水している川をさらに膨らませている」とニシャット氏は述べた。

同時に、モンスーンの周期も不安定になっている。到来が早まり、期間が長くなり、激しい集中豪雨が増えている。

「季節のリズムが変わった」とニシャット氏は言う。「雨が降るときは降りすぎ、止むと干ばつになることもある。この不安定さが浸食や洪水をさらに悪化させている」

バングラデシュでは、二酸化炭素(CO2)排出量は世界全体の0.5%にも満たない一方、気候変動による影響は深刻だ。

世界銀行の推計では、2050年までにバングラデシュ国民の7人に1人が気候関連災害で移住を余儀なくされる可能性がある。

7児の父コシム・ウディンさん(50)にとって、移住は日常となっている。「私の人生で、川に家を奪われたのは30回か35回、いやもっとかもしれない」と明かした。

「再建するたびに、川がまた来る」とウディンさんは水面を見つめながら語る。「でも、どこへ行けばいいんだ。世界中が水だらけだ」

女性たちは、こうした度重なる移住の負担を多く背負っている。2児の母シャヒナ・ベグムさん(30)は、昨年の洪水時に腰まで水に浸かりながら料理をしたことを振り返った。「10年間で6回引っ越した。毎回、やり直すたびに、川がまた奪っていく」

移住のたびに新たな困難が待ち受けており「女性や思春期の少女にとってはさらに厳しい」とベグムさんは嘆く。「乾いた土地を探して、炊事をし、子どもの世話をして……プライバシーも安全もない」

<生き延びるための建設>

クヘヤル・アルガ・チョールでは、地元団体が浸食対策として「ジオバッグ」(砂を詰めた大型袋)を設置したことで、約300世帯が3年間定住を続けている。

「ジオバッグは大きな違いを生んだ」と、10回以上家を失った後にこの地に定住したジョフルル・イスラムさん(39)は言う。「この3年間、川は私たちの土地を奪わなかった。初めて未来に少し自信が持てた」

地元NGOは、季節的な洪水に耐えられるよう地面より高い位置に住宅を建てる「高床式集落」の整備も進めている。

「いつかまた川が来るかもしれない」とイスラムさんは3年間崩れなかった川岸に立ち、少しだけ微笑みながら希望を語った。周囲では子どもたちがしっかりした地面の上で遊び、その笑い声が夕風に乗って響いていた。

「今回は備えている。今のところ、土地は持ちこたえている――そして、私たちもだ」

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