ニュース速報
ワールド

焦点:アサド氏逃亡劇の内幕、現金や機密情報を秘密裏に空輸

2025年04月19日(土)08時02分

 4月17日、2024年12月、シリア首都ダマスカスに反体制派の軍が迫り、24年にわたる自らの支配体制が間もなく終わりを告げる直前、アサド前大統領はプライベートジェットを駆使し、何度かに分けて現金や貴重品、自身の資産とつながる企業の詳細を記した機密情報などを国外に持ち出していた。写真は2024年12月8日、フメイミム空軍基地で撮影されたジェット機。提供写真(2025年 ロイター/Planet Labs PBC)

Feras Dalatey Joanna Plucinska Reade Levinson Maha El Dahan

[ダマスカス/ロンドン/ドバイ 17日 ロイター] - 2024年12月、シリア首都ダマスカスに反体制派の軍が迫り、24年にわたる自らの支配体制が間もなく終わりを告げる直前、アサド前大統領はプライベートジェットを駆使し、何度かに分けて現金や貴重品、自身の資産とつながる企業の詳細を記した機密情報などを国外に持ち出していた。

ジェット機をリースによって手配し、アラブ首長国連邦(UAE)との間を4往復してこうしたアサド氏の財産や親族、側近、大統領府職員などを運ぶ作戦を主導したのは、同氏の筆頭経済顧問を務めていたヤッサル・イブラヒム氏だったことが、十数人の関係者をロイターが取材し、情報を総合して分かった。

大統領府の経済・金融担当部門を統括していたイブラヒム氏は、アサド氏がシリア経済を掌握するために使っていた組織のネットワークを構築する役割を担ったほか、アサド氏の窓口になっていたもようだ。

西側諸国はアサド氏が2011年に民主的な抗議行動を弾圧したことで制裁を科したが、イブラヒム氏に対してもその後、支配体制を支持しているとの理由で制裁対象に加えている。

ロイターがフライト記録を確認したところ、アサド氏の「逃亡作戦」に用いられたジェット機は「エンブラエル・レガシー600」だった。登録国は西アフリカのガンビアだ。

4回目の飛行は昨年12月8日、シリアの地中海沿岸都市ラタキア近くでロシア軍が運営するフメイミム空軍基地が離陸地だったことが、フライト記録やシリア空軍情報部元高官、衛星画像などから判明している。同じ日にアサド氏はこの基地からロシアに逃亡した。

ロイターが逃亡作戦の全容を知るために話を聞いたのは、空港職員や共和国防衛隊(大統領警護隊)元幹部、空軍情報部元高官、アサド氏のビジネスに関係していた人物など14人。またイブラヒム氏の部下のメッセージアプリ「ワッツアップ」上での会話や、衛星画像、航空会社の登録情報などからも、イブラヒム氏がアサド氏を安全に逃亡させる経路をどのように確保したかを分析した。

複数の関係者の証言やワッツアップの会話記録によると、ジェット機が運んだのは何の目印もない黒いバッグに入った少なくとも50万ドルの現金やノートパソコン、アサド氏が関与する複雑な企業ネットワークの呼び名として同氏やイブラヒム氏の部下たちが用いた「グループ」の重要情報などだった。

ロイターは、体制崩壊直前に親しい家族にも居場所を秘密にしていた後、ロシアで亡命申請が認められたアサド氏か、イブラヒム氏への取材を試みたが成功しなかった。ロシアとUAEの外務省はいずれもこの作戦に関する問い合わせに回答していない。

シリア暫定政府高官はロイターに、シャラア暫定大統領は旧政権崩壊に先立って国外に持ち去られた公的な資金を取り戻して経済支援に充てる決意だ、とロイターに語った。

同高官は、アサド氏逃亡の直前に資金が密輸されたと認めたが、具体的方法には言及せず、当局は資金がどこに行ったかなお探っていると付け加えた。

この作戦に関してアサド氏が積極的な指示をしたかどうか、ロイターは独自には解明できなかった。ただ複数の関係者は、アサド氏の承認がなければ実現は不可能だったとの見方をしている。

<空港関係者の証言>

昨年12月6日、反体制派がダマスカスに接近する中で、座席数13のエンブラエルのジェット機がダマスカス国際空港に着陸。迷彩服を着用した十数人の空軍情報部の隊員がVIPセクションや移動経路などの警備に動員され、共和国防衛隊所属とされる数台の車が警備エリアに到着したと現場にいた人々などが証言した。

関係者は、る和国防衛隊が関与していたことは、アサド氏の作戦命令があったという意味だと指摘。同防衛隊はアサド氏本人、ないし同氏のいとこで司令官のタラル・マフルール氏以外の命令には従わないという。

その後空港の警備責任者は職員に、このジェット機の管制は空軍情報部が行うと伝えた。シリア・アラブ航空の地上オペレーションを統括する人物は、この責任者から「ジェット機が着陸するがわれわれが管制する。あなたはこのジェット機を目撃しなかったことになっている」と言われたと当時を振り返る。

複数の関係者は、警備責任者は大統領府から直接命令を受けたと話している。

<シリアとアブダビを往復>

フライトレーダー24のデータからは、このジェット機がシリアとアブダビのアル・バティーン・エグゼクティブ空港を往復していたことが分かる。同空港は要人が利用し、厳格なプライバシー保護が設けられていることで知られる。

最初にアブダビを飛び立ったジェット機は現地時間正午ごろにダマスカスに着陸し、その後アブダビに向かって午後10時過ぎにダマスカスに戻ってきた。

ある関係者は、ジェット機がダマスカスに着くと急行してきた車が短時間とどまってすぐに去り、再びジェット機が離陸していったと語る。

空港警備責任者は空軍情報部のスタッフに、12月6日にダマスカスから離陸する初回と2回目の便には大統領府職員や未成年者を含むアサド氏の親族が搭乗する予定だと伝達したという。この便には現金も運びこまれた。

2回目の便は、絵画や小さな彫刻なども輸送したとされる。

翌7日にはダマスカスに午後4時ごろ戻ってきたジェット機が1時間後またアブダビに向かい、この便には現金やアサド氏の企業ネットワークに関する情報が保存されていたハードディスクドライブや電子機器も持ち出されたもようだ。

保存情報には、金融取引記録や議事録、企業や不動産の保有状況、海外口座や出入金の詳細などが含まれていた。

<フライト記録の空白時間>

12月8日には反体制派がダマスカスに到達したため、アサド氏はまだ掌握していたラタキアにロシア軍の助けを借りて逃げ出さざるを得なくなった。ダマスカス空港の機能はストップした。

この日の深夜、ジェット機はアビダビに向けて最後の飛行をしたが、フライトレーダー24によると、到着まで6時間ほどフライト記録が空白になっている。

この間にジェット機はフメイミム空軍基地に降り立った、と空軍情報部の元高官は明かした。衛星画像でも、ジェット機がフメイミム基地の滑走路上で確認された。同高官などの話では、ここで合流したのはイブラヒム氏と緊密な関係にあるアフメド・ハリリ・ハリル氏で、50万ドルの現金を運んできたという。

ハリル氏はその2日前、シリア国際イスラミック銀行の口座からこの現金を引き出してきたとされる。

同口座はダマスカスに拠点を置く投資会社の名義で、イブラヒム氏がこの会社の50%を保有している。

一連の輸送に使われたジェット機は、所有者が機体のみ貸し出し、パイロットや乗員、整備士、地上業務、保険などは手当てしない「ドライリース」方式で運営された。

貸し出したのはレバノンの実業家だという。この実業家はロイターの取材に、シリア往復のフライトには一切関与していないと述べた。また、この機体は時折ブローカーから借りることがあるが、所有はしていないと説明した。

ロイター
Copyright (C) 2025 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:ドローン大量投入に活路、ロシアの攻勢に耐

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダックほぼ変わらず、トラ

ワールド

トランプ氏、ニューズ・コープやWSJ記者らを提訴 

ビジネス

IMF、世界経済見通し下振れリスク優勢 貿易摩擦が
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 3
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウザーたち
  • 4
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 5
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 6
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 7
    「二次制裁」措置により「ロシアと取引継続なら大打…
  • 8
    「どの面下げて...?」ディズニーランドで遊ぶバンス…
  • 9
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 10
    アフリカ出身のフランス人歌手「アヤ・ナカムラ」が…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 8
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 9
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中