アングル:インドネシア性的少数者、念願の公的IDで投票可能に
1月19日、インドネシア人のトランスジェンダー女性、マク・ルークさん(53)にとって、2月14日に行われる大統領選挙と議会選挙が初めての投票機会となる。写真はファッションショーに向けて準備をするトランスジェンダー女性ら。昨年12月、ジャカルタで撮影(2024年 ロイター/Ajeng Dinar Ulfiana)
Yosef Riadi Leo Galuh
[ジャカルタ 19日 トムソン・ロイター財団] - インドネシア人のトランスジェンダー女性、マク・ルークさん(53)にとって、2月14日に行われる大統領選挙と議会選挙が初めての投票機会となる。政府が発行する身分証明書(ID)を取得することが、ようやく叶ったためだ。
同国で暮らす多くのトランスジェンダーの人々と同様、ルークさんは10代の頃に家族の元を離れて路上生活を余儀なくされ、身分証明書の申請が困難な状態であった。そのため、公的サービスへのアクセスや銀行口座の開設はおろか、選挙で投票することもできなかった。
KTPと呼ばれる身分証明書がなければ病院に行くことさえ「とても難しかった」とルークさんはトムソン・ロイター財団に話した。
ルークさんは2021年、首都ジャカルタを拠点としたLGBTQ+の人権団体「スアラ・キタ」の支援を受け、KTPをようやく取得することができた。トランスジェンダー女性はインドネシア国内で、トランスジェンダー男性や他のLGBTQ+の人々よりも侮辱的・排除的な扱いを受けることが多い傾向にあり、同団体ではこれまでに数百人のトランスジェンダー女性のID取得を援助してきた。
身分証明書の性別欄はいまだ出生時に割り当てられた「男性」で、名前も出生時のままだ。それでも、ルークさんはIDを取得できたことが「人生の転機だ」と言う。
多くの国でトランスジェンダーの人々は、公的書類上でも自身のジェンダー・アイデンティティー(性自認)が認められるよう奮闘している。インドネシアでは性別適合手術を受けている場合のみ、法的に性別を変更することができる。
トランスジェンダーの国民が今も多くの困難に直面している一方で、インドネシアは、性自認が時とともに変化する「ジェンダー・フルイド」の人々のコミュニティーが歴史的に受け入れられてきた国でもある。スラウェシ島で暮らすブギス族は伝統的に5つの性別を認識しており、男女の性別を「超越している」もしくは「併せ持つ」とされる性別も存在している。
それでも、世界最大のイスラム人口を抱える同国では保守的な機運が高まっており、LGBTQ+への迫害が加速しつつある。
インドネシアではアチェ州と南スマトラ州を除き、同性愛は犯罪ではない。しかし、2023年に米ピュー・リサーチ・センターが行った調査によると、インドネシア人の92%が同性婚に反対と答えたという。
ただ、変化の兆しも見えつつある。インドネシア政府は2021年、トランスジェンダー女性がKTPを確保する上で特定の問題に見舞われているとする認識を示した。
「トランスジェンダー女性が身分証を取得する上での課題は、貧困ライン以下の水準で生活する人々が直面している問題を映し出している」とLGBTQ+活動家のハルトヨ氏(46)は指摘する。同氏はスアラ・キタ創設者の一人だ。
<「ジェンダーの違いを受け入れること」>
スアラ・キタでは20人のボランティアがトランスジェンダー女性のID取得に尽力している。その一人であるマク・エチさん(50)は、生体認証データがシステム上に登録されていない人々のため、写真の更新といった細かい作業から身元保証人になることまで、さまざまなサポートを行ってきた。インドネシアでは、生体認証データの登録は、17歳以上の全国民に義務付けられている。
「ようやく、政府がジェンダーの違いを徐々に受け入れようとする姿勢を見せてきた」と西ジャカルタ市に住むマク・エチさんは言う。自身もトランスジェンダー女性で、ルークさんの身分証明書取得をサポートした。
インドネシア内務省は2021年、法的に有効な本人確認書類が不足しているなどといった問題が発生した場合には、中央政府ではなく地方自治体の範囲内で対応できるようにするための基本合意書(MOU)を作成した。
このMOUにより、複雑なケースでの手続きにかかる時間が大幅に削減され、3カ月から1週間にまで短縮した。時には身分証1枚が数時間以内に発行される場合もあるという。
「我々行政は、例外なく全てのインドネシア国民のために尽力する義務がある」と住民登録制度課の元トップでMOUに署名したズダン・アリフ・ファクロ氏は述べた。
これはスアラ・キタが10年間にわたり行ってきたロビー活動の成果だ、と2011年にトランスジェンダー女性のIDカード取得の援助を始めたハルトヨ氏は言う。
ジャカルタ在住のハルトヨさんは、スアラ・キタがこれまでに全国で650人のトランスジェンダー女性の新規ID取得を支援しており、現在も取り組みを続けていると話した。
「毎週、新しい身分証明書が発行されている」
<「何もかも容易に」>
ビクトリア・シンタラさん(36)は12年前、西カリマンタン州の村を離れ、初めてジャカルタにやって来た。村では何年間も、いじめや虐待に耐えていたという。
故郷で発行したシンタラさんの身分証明書は失効し、村に戻って身分証を再発行するお金も持っていなかった。
スアラ・キタの支援を得て新しいKTPを取得するまでの3年間、シンタラさんはIDなしで生活していたという。
「しっかりした学歴はあったが、職探しさえも困難だった。ストリートパフォーマーとしての収入に頼ることもあった」とシンタラさんは振り返る。
シンタラさんは現在、路上でのパフォーマンスを時折行いながら、劇団で財務担当者として勤務している。
「何もかもが容易になった。どんな仕事も。どんな場所も利用することができる」
IDを取得できたことにより、トランスジェンダー女性らは日々の生活が楽になったほか、「政治的な発言力」を獲得するための一歩を踏み出した、とインドネシア大学でジェンダーとセクシュアリティの研究を行うイルワン・ヒダヤナ教授は指摘する。
「トランスジェンダー女性が選挙に参加できるということは、他のインドネシア人と同様、彼女らも国民であると認められるということだ」





