ニュース速報

ワールド

アングル:バルカン半島のミクロ国家「リベルランド」、自由と暗号資産で描く未来

2023年09月24日(日)08時00分

 南東欧のバルカン半島を流れるドナウ川は19世紀に直線的な流れに変わり、かつてクロアチアの一部だった地域がセルビア側に移った一方、セルビアの一部だった全長7キロの中州、ゴルニャ・シガ島はクロアチアの対岸に手を伸ばせば届く近さになった。写真はリベルランドの旗を持つイェドリチカ氏と市民権を得た人々。2015年5月、セルビア・ボイボディナ自治州バッキ・モノストル村で撮影(2023年 ロイター/Antonio Bronic)

Adam Smith

[アパティン(セルビア) 21日 トムソン・ロイター財団] - 南東欧のバルカン半島を流れるドナウ川は19世紀に直線的な流れに変わり、かつてクロアチアの一部だった地域がセルビア側に移った一方、セルビアの一部だった全長7キロの中州、ゴルニャ・シガ島はクロアチアの対岸に手を伸ばせば届く近さになった。

そのゴルニャ・シガの管理を行っているクロアチアは、領有化を望んではいない。なぜならゴルニャ・シガを領土に組み込めば必然的に、セルビア側になったより大きな面積の土地の領有権を放棄することになるからだ。一方セルビアもゴルニャ・シガの実効支配には乗り出さず、現状維持を望ましいと考えている。

こうした一種の真空地帯化したゴルニャ・シガに2015年、チェコ人の政治家ビート・イェドリチカ氏が「リベルランド」の建国を宣言したのだ。国名に表現されている通り、同国は個人的な自由や経済的自由を至上の価値とするリバタリアニズムを掲げつつ、暗号資産(仮想通貨)やブロックチェーン技術に財政基盤を置く、いわゆる「ミクロネーション」だ。

リベルランドがあるゴルニャ・シガでは6―8人が、セルビア近隣の住宅やボートハウスなどでの比較的豪華な生活の合間に、テントを張って「入植活動」に従事している。

ただそのようなローテク生活と対照的に、リベルランドの財政はインターネットを通じて市民権を取得した「e市民」が支払う自発的な税金で賄われる仕組みが整っている。大統領に選ばれたイェドリチカ氏が約40万ドルを費やしたというブロックチェーンベースの統治システムはまだ稼働していないものの、リベルランドは世界中のリバタリアニズム支持者(リバタリアン)を魅了しつつあると話す。個人の所有権を優先する思想と、資産をチェックする政府の分権化を可能とする技術を自然に調和させているからだという。

リベルランドを訪れているセルビアのソフトウエア開発者は「ブロックチェーンは自由と個人的な責任を体現している」と語った。

クロアチアの国境警備隊は以前、ゴルニャ・シガへの進入を全力で阻止していた。しかし7月には上陸を認める非公式の協定が結ばれた。

<ブロックチェーンの功罪>

リベルランドの国家活動のほとんどは、蚊に悩まされる湿地帯のゴルニャ・シガではなく、セルビアの首都ベオグラードから北西に200キロほど離れたアパティンにある「アークビレッジ」と呼ばれるシェアハウスで行われている。

リベルランドのe市民は世界全体で700人を超え、この市民とサポーターが毎年8月にアークビレッジで、国家を支える技術基盤を議論するフェスティバルを開催。そこで最も注目を集める話題はブロックチェーンと、リベルランドの準備通貨の99%以上を占めるビットコインだ。

専門家の間からは、値動きが非常に不安定なことで知られる仮想通貨を準備資産とするのは、特に金などを利用する場合に比べて好ましくないのではないかとの声が出ている。

グラスゴー大学で国際関係を研究しているベルンハルト・ラインスバーグ准教授は「ビットコインに裏付けられた通貨は大半の国家の発展上のニーズにとって不適切だ。ビットコインは振れが大き過ぎる」と指摘した。

エクセター大学でブロックチェーンと暗号学を教えているクリストファー・カー氏も、リベルランドは2021年にビットコインを法定通貨として導入したエルサルバドルと同じ課題にさらされる危険があるとの見方を示した。

リベルランドが採用するのは「リベルランド・ドル」と「メリット」と呼ぶ独自のトークンで、いずれもビットコインで購入可能。これらがブロックチェーン上で運営されるリベルランドの分散型自律組織(DAO)的な政府の基礎となっている。

メリットは労働を通じて取得するか、購入することができる。メリットを多く所有するほど、投票権も拡大される。

リベルランド市民から見れば、DAOは透明性が高く、中心的な指導者がいないので汚職の可能性も低下する。一方でブロックチェーンはハッカーの侵入に対しては脆弱になる恐れがある。米国ではセキュリティーに不備があった場合、DAOのメンバーが責任を問われた例がある。

ラインスバーグ氏は「特に民族間の相互信頼や一つの民族に運営された政府への信頼が低いバルカン半島地域では、DAOは有効だ」と評価する。

ただより懐疑的な見方もある。カー氏は「インターネットプロトコルを通じた投票は安全性の確保が難しい。巧妙なハッカーなら、正常な(プロセスを経た)予想外の結果と見分けにくくするやり方で票を操作できるだろう」と述べた。

<メタバース活用>

リベルランドは、「リベルバース」と名付けたインターネットの仮想空間メタバースを通じても人々を呼び込めると期待している。

ベオグラードから実際にゴルニャ・シガまで行こうとすれば、2本の列車とタクシーを乗り継ぎ、ボートか自動車、オートバイまで利用する手間がいるだけに、メタバースには魅力がある。イェドリチカ氏らは、長期的にはメタバースを現実世界のリベルランドと本質的に結びつけ、非代替トークン(NFT)を使って所有権を行使することを目指している。

ゴルニャ・シガはジブラルタルほどの限られた大きさしかないが、リベルランドの人々が望んでいるのは、現実世界で購入した土地がデジタル区画とマッチングされる未来だ。

ロイター
Copyright (C) 2023 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米印首脳が電話会談、関税導入後3回目 二国間関係な

ワールド

トルコ中銀が150bp利下げ、政策金利38% イン

ワールド

ウクライナ、米国に和平案の改訂版提示 領土問題の協

ビジネス

米新規失業保険申請、約4年半ぶり大幅増 季調要因の
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキャリアアップの道
  • 2
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれなかった「ビートルズ」のメンバーは?
  • 3
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア空軍の専門家。NATO軍のプロフェッショナルな対応と大違い
  • 4
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 5
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 6
    受け入れ難い和平案、迫られる軍備拡張──ウクライナ…
  • 7
    「何これ」「気持ち悪い」ソファの下で繁殖する「謎…
  • 8
    ピットブルが乳児を襲う現場を警官が目撃...犠牲にな…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    「安全装置は全て破壊されていた...」監視役を失った…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 10
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中