ニュース速報

ワールド

アングル:自国に失望した中国の超富裕層、目指すはシンガポール

2023年02月04日(土)08時06分

 中国の富裕層の多くは、家族の資産を移す理想的な場所はシンガポールかもしれないと考えている。大学院生のザイン・ジャンさんもその1人だ。写真はシンガポールで2020年12月撮影(2023年 ロイター/Edgar Su)

[シンガポール 31日 ロイター] - 中国の富裕層の多くは、家族の資産を移す理想的な場所はシンガポールかもしれないと考えている。大学院生のザイン・ジャンさんもその1人だ。

アジアの金融ハブであるシンガポールの大学で学んでいれば永住権の取得につながるのではないか、とジャンさんは期待している。26歳の彼は勉学に忙しいが、彼の妻は500万─700万シンガポールドル(約4億9600万─6億9400万円)もするペントハウスを物色している。

「シンガポールは素晴らしい。安定しているし、投資機会もたくさんある」。昨年この地で開かれたビジネスと慈善活動に関するフォーラムに参加したジャンさんは、ロイターにそう語った。ジャンさん一家は今後の資産運用のため、いわゆる「ファミリーオフィス」をシンガポールに設けるかもしれないという。

シンガポールのシャングリラホテルで開催されたフォーラムでは、家族の資産運用や持続可能な投資といったテーマが議題となり、富裕層の人々が大勢参加した。多くは、エルメスのベルトやグッチのショール、クリスチャンディオールの最新のバッグといったデザイナーブランドで装っていた。中国系の参加者の中には、最近シンガポールに移住してきた、あるいは移住を考えているという人も複数見られた。

負担の軽い税制や政治的な安定というイメージが手伝って、シンガポールは以前から外国の超富裕層にとっての安息の地となっていた。

だが2021年以来、シンガポールには新たな富の流入が見られる。背景には、アジア諸都市の先陣を切って新型コロナウイルス関連の規制を大幅に緩和したこと、そして多くの中国人が自国の厳格なコロナ対策にうんざりしていることが挙げられる。

2021年に香港の居住権を得たジャンさんがシンガポールに目を向けるようになったのも、そうした自国政府に対する幻滅が理由だ。

ジャンさんは香港と中国本土を行き来する際の隔離期間の長さに触れ、「だんだん我慢できなくなってきた」と言う。香港での政治的な混乱にも失望したと話す。

<「ファミリーオフィス」設立がブームに>

超富裕層のために投資や税務、資産移管その他の金融関連業務を行うのが「ファミリーオフィス」だ。シンガポールでは2021年に400社から約700社へと急増した。

シンガポールでファミリーオフィスといえば、掃除機メーカーで有名なジェームズ・ダイソン氏、ヘッジファンド経営者レイ・ダリオ氏、中国の飲食チェーン「海底撈火鍋」の創業者、張勇氏が設立したものが有名だ。

最新の統計は入手できないものの、業界関係者らは、2022年にはファミリーオフィス設立への関心が高まり、今年もその勢いは続きそうだと指摘した。中国は「ゼロコロナ」政策を放棄したが、このトレンドは変化しないと予想されている。中国の富裕層の間では、習近平主席が格差縮小を目指す「共同富裕」という目標を掲げていることへの懸念があるからだという。

ファミリーオフィス設立支援業務に携わる弁護士のチュン・ティンファイ氏は、2022年末には、シンガポールに2000万ドル(約26億円)以上の資産を移したいという人たちからの問い合わせが週に1件はあったと話す。これだけでも月1件ペースだった2021年よりも増えているが、今年1月になると、さらに週2件ペースへと加速した。

同氏によれば、多くは子どものための永住権取得を模索する親たちだ。また中国人に加え、日本やマレーシアの潜在顧客からの問い合わせもあるという。

富裕層がシンガポールにひかれる理由の1つは、政府が主管するグローバル投資家プログラムだ。企業やファンド、ファミリーオフィスに少なくとも250万シンガポールドルを投資すれば永住権を申請できる仕組みだ。

シンガポールに2つあるグローバル投資家プログラム対象ファンドの1つを運営するフィリップ・プライベート・エクイティーでエグゼクティブディレクターを務めるグレース・タン氏は、年明け以来、投資希望者とのミーティングで忙しいと話す。そのほとんどは中国人だ。

ファミリーオフィスを設立するという人もいるが、それ以外は、シンガポールへの企業の本社移転か、シンガポール拠点のファンドへの投資だという。

<資産運用の中心地に>

シンガポールで運用される資産は、最新の入手可能なデータである2021年には、前年比16%増の5兆4000億シンガポールドルに上った。そのうち4分の3以上はシンガポール国外から流入した資金であり、3分の1弱が他のアジア太平洋諸国からだという。

資産流入の背景には、コロナ禍の中で流出した移住者が再びシンガポールに戻りつつあるという大きな流れがある。昨年、シンガポールでは永住者が3万人、就労ビザその他の長期ビザで滞在する外国人が9万7000人それぞれ増加し、総人口は564万人となった。

人口増加に伴い、シンガポールの賃料は昨年1─9月に21%上昇した。住宅価格もこの2年間で急騰している。高額な民間物件を最も多く購入しているのは、引き続き中国本土の顧客である。

民間資産の流入を示す有力な手がかりがもう1つある。ゴルフ会員権価格の急騰だ。クラブ会員権を扱うシンゴルフ・サービシズによれば、シンガポールの名門セントーサ・ゴルフクラブの外国人向け会員権価格は、2019年の2倍以上、88万シンガポールドルに達した。

コンサルティング会社EYでアジア太平洋地域ファミリーオフィス部門を率いるデズモンド・テオ氏は、こうした資産の流入がシンガポールの金融部門とスタートアップ企業を支えており、新たなステークホルダーにとってこの国の魅力をさらに高める「豊かな生態系」を生み出している、と説明する。

「ある種のクリティカルマス(臨界量)に達すれば、そのクリティカルマス自体が1つの魅力になる」とテオ氏は言う。

(Xinghui Kok記者、Chen Lin記者、翻訳:エァクレーレン)

ロイター
Copyright (C) 2023 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米テキサス州洪水の死者32人に、子ども14人犠牲 

ビジネス

アングル:プラダ「炎上」が商機に、インドの伝統的サ

ワールド

イスラエル、カタールに代表団派遣へ ハマスの停戦条

ワールド

EU産ブランデー関税、34社が回避へ 友好的協議で
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚人コーチ」が説く、正しい筋肉の鍛え方とは?【スクワット編】
  • 4
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 5
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 8
    「詐欺だ」「環境への配慮に欠ける」メーガン妃ブラ…
  • 9
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 10
    「登頂しない登山」の3つの魅力──この夏、静かな山道…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 5
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 8
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 9
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中