ニュース速報

ワールド

アングル:香港ドルのペッグ制崩壊も、テールリスクとして急浮上

2022年12月05日(月)13時23分

 香港ドルを1米ドル=7.75-7.85香港ドルの範囲に抑える「ドルペッグ制」が崩壊するのではないか――。市場でこうした見方がいわゆるテールリスク(滅多に起きないが発生すれば大きな損失をもたらすリスク)の1つとしてにわかに浮上してきた。写真は香港ドルのイメージ。2017年5月撮影(2022年 ロイター/Thomas White)

[シンガポール/香港 5日 ロイター] - 香港ドルを1米ドル=7.75-7.85香港ドルの範囲に抑える「ドルペッグ制」が崩壊するのではないか――。市場でこうした見方がいわゆるテールリスク(滅多に起きないが発生すれば大きな損失をもたらすリスク)の1つとしてにわかに浮上してきた。まだヘッジファンドの世界における話題に限られているものの、一部の市場参加者からはそれなりに理屈が通っているとの声が聞かれる。

資産家でヘッジファンド運営会社を率いるウィリアム・アックマン氏は先月、39年続く香港ドルのペッグ制崩壊が間近と見込む取引を行っていると明かした。

デリバティブ市場の動きを見ると、世界的な激変をもたらす出来事の発生に賭ける「マクロ」トレーディングが再び人気となっており、ペッグ崩壊に賭けているのはアックマン氏1人でないことがうかがえる。ほとんどリスクを背負わず大きなリターンが得られるとの期待も、毎年のように不首尾に終わってきたこの取引を復活させている。

ファンダメンタルズに基づいて判断するアナリストの大半は、ペッグ崩壊を想定するのはばかげており、香港はなお巨額の外貨準備を保有している上に、中国がドルペッグを支持していると指摘する。

それでもペッグ崩壊に賭ける取引のコストは割安で、ペッグ制が維持されても利益を得られる可能性があるし、確率は低くともあり得ない話ではない連鎖的なイベント、例えば中国における突然の市場崩壊や人民元切り下げなどに対する保険を手にするという意味も持っている。

市場の混乱で収益を得る仕組みのファンドを運営しているディエゴ・パリージャ氏は「市場に漂う極端な自己満足感を利用しようとしている。支払ったプレミアムに比べて損失は限定的で、引き受けるリスクは非常に乏しく、大もうけができる」と説明した。

サバ・キャピタル創設者のボーズ・ワインスタイン氏も、ペッグ崩壊に備えたポジションを構築しており、ツイッターで「リスクリワード」は200対1を超える可能性があると発言した。

アックマン氏やパリージャ氏は、オプションを駆使してこれらの取引を手がけていると話す。

そのオプション市場ではプット(売る権利)とコール(買う権利)の建玉残高を比較すると、米ドルのコールがプットを上回る比率が3年ぶりの高水準を記録。香港ドルの弱気取引が増えている様子が読み取れる。

<中国は支持>

中国が香港ドルのペッグ制に言及するのはまれだが、2014年には国務院がペッグ制の維持と香港の安定を政府として「断固支持する」と表明した。

香港金融管理局(HKMA、中央銀行に相当)は米国に連動した金利操作や為替介入を通じてペッグ制を守ってきた。

ペッグ制崩壊に賭ける取引は、恐らく過去にスイスやアルゼンチンなどペッグ制が投機によって崩された例があることを根拠として、米金利が上昇するたびに出現しているように見受けられる。

またペッグ制が単純に崩壊するのではなく、米ドルから中国人民元に連動通貨が変わる展開もあり得る。

ただ中国や香港の当局者はペッグ制修正を検討していると一度も示唆していないし、ペッグ制を巡る不便さよりも有益性の方が勝る、というのがアナリストの見方だ。

<オプションが有利か>

もっともペッグ制崩壊の予想が外れた場合でさえ、取引で収益を得ることは可能で、ペッグ制自体によって損失からも守られる。

具体的には、トレーダーがオプションではなくフォワード取引を利用すれば、香港ドルが上昇しなければペッグ制崩壊に賭ける取引でもうけられる。

香港金利と香港ドルが上昇しているので、確かに期近物はこうした取引に不利な動きをしている。しかし何人かの投資家の見立てでは、期先物なら依然として妙味はある。例えば香港ドルのフォワード1年物なら、1年後の直物価格が2日に付けた1米ドル=約7.78香港ドルを下回れば、リターンはプラスが維持される。

アラバリ・アセット・マネジメントの創設者で最高投資責任者のムケシュ・デーブ氏は、ずっと期先のフォワード市場は引き続き米金利が香港の金利より高くなる事態を織り込んでいるので、理論的には香港ドルの上昇は抑えられるはずだとの見方を示した。

これに対してデーブ氏によると、1年物米ドル・コールオプションは名目元本100万ドル、行使価格7.95香港ドルなら取引費用は5500ドルに上る。

つまりオプションは相対的に初期費用が大きく、ペッグ制が維持されれば利益は得られない。それでもリスクリワードの面で有利だとの理由で、オプションを使ってペッグ崩壊に賭ける方が人気は高いもようだ。

自らヘッジファンドを運用しているジョン・フロイド氏は2月にオプションを通じて香港ドルと人民元の売り持ちを構築するよう提唱。フォワード取引は、中国が現行のペッグ制を打ち切って人民元とより高い通貨バンドで連動させた場合、ポジションが危険にさらされかねないと警告した。

(Tom Westbrook記者、Georgina Lee記者)

*見出しを修正して再送します。

ロイター
Copyright (C) 2022 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米英欧など18カ国、ハマスに人質解放要求 ハマスは

ビジネス

米GDP、第1四半期は+1.6%に鈍化 2年ぶり低

ビジネス

米新規失業保険申請5000件減の20.7万件 予想

ビジネス

ECB、インフレ抑制以外の目標設定を 仏大統領 責
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP非アイドル系の来日公演

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    やっと本気を出した米英から追加支援でウクライナに…

  • 8

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 9

    自民が下野する政権交代は再現されるか

  • 10

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中