ニュース速報

ワールド

アングル:世界で止まらぬ食品インフレ、新興国に社会不安懸念も

2022年05月23日(月)10時32分

 世界各地の開発途上国・新興市場国で暮らす数百万の人々にとって、主食となる食材が生活必需品からぜいたく品へと変わりつつある。写真はイスタンブールの市場で1月撮影(2022年 ロイター/Dilara Senkaya)

[ロンドン/イスタンブール/カイロ 17日 ロイター] - 世界各地の開発途上国・新興市場国で暮らす数百万の人々にとって、主食となる食材が生活必需品からぜいたく品へと変わりつつある。セルチュク・ゲミチさん(49)もその1人だ。

ゲミチさんはトルコ最大の都市イスタンブールにある自動車修理工場で働き、妻と2人の子どもと共に父親の家で暮らしている。生鮮食料品に手が届かなくなり、一家はパスタやブルグル(挽き割り小麦)、豆を食べて暮らしているという。

「何もかも高くなった。好きなものを買って食べることもできない。当面、財布の許す範囲のものを買うだけだ」とゲミチさん。「子どもたちの栄養バランスも悪い」

この2年間、コロナ禍による混乱と異常気象を背景に、世界中で食料価格が上昇してきた。さらにロシアのウクライナ侵攻が穀物・石油の供給に与えたショックにより、食料価格は2月、3月と続けて過去最高を更新した。

エネルギー価格上昇による圧力も高まるなかで、インフレ率は急上昇している。トルコ、アルゼンチンにおける70%、60%前後といった年間インフレ率は極端な例だとしても、ブラジルやハンガリーなどの諸国でも2桁台のインフレを記録している。これに比べれば米国の8.3%は控えめに見える。

新興市場国では食料価格の高騰が大きな注目を浴び、「アラブの春」を思い起こさせる社会的混乱のリスクも高まっている。政策担当者は、国民の痛みを緩和すべく財政支援に踏み切るか、国家財政の健全性を維持するか、板挟みになっている。

多くの開発途上国では、インフレ率を計算する際の「バスケット」(生活コストの算出基盤として選ばれる商品)のうち単独で最大のカテゴリーを構成するのが「食品」であり、国際通貨基金(IMF)のデータによれば、インドやパキスタンなどの国では約50%、低所得国では平均して約40%を占めている。

BNPパリバでグローバル新興市場諸国リサーチ部門を率いるマルセロ・カルバリョ氏はロイターに対し、ウクライナでの戦争が食料だけでなく肥料の供給も混乱させているため、食料価格のインフレは長引く可能性があるとの見方を示した。

「この状況は続く」とカルバリョ氏。「食料価格は非常に目立つ。食料価格が変動すると、インフレの認識は増幅される。そうなると、(実際のインフレ以上に)不安定なインフレ期待の上昇に拍車が掛かる」

<ホットスポット>

エジプトの首都カイロ。夫をすでに亡くしたウム・イブラヒムさん(60)は、中所得層が暮らすマディネット・ナスル地区のモスク前に屋台を出し、スカーフを販売している。4人の子どもを育てるのは、以前よりはるかに困難になった。

イブラヒムさんは商品を布の上に並べながら、「あらゆるものが値上がりしている。衣類、野菜、鶏肉、卵・・・いったいどうすればいいのか」と嘆いた。

世界有数の小麦輸入国であるエジプトでは、4月の物価上昇率が13%超となった。

新興市場諸国の政策担当者は、2020年以降、累積で数百ベーシスポイントの利上げを重ねてきた。物価上昇の圧力を抑え、投資家のために、上昇する米国債の利回りに対する自国債券のプレミアムを確保する狙いだ。だが世界的に金利が上昇している現在、インフレを抑制しつつ、足もとのおぼつかない成長を維持していくという難しい綱渡りを強いられている。

世界銀行は新興国の今年の経済成長率について、従来の6.3%という予測を下方修正し、4.6%にとどまるとの見通しを示している。

ブルーベイ・アセット・マネジメントで新興市場債券部門を率いるポリーナ・クルドヤブコ氏は、各国政府には3つの選択肢があると言う。消費者への支援を拡大する、あるいは物価上昇とインフレ、そして社会不安を甘受する、そしてその中間である。

「簡単な解決策はない」とクルドヤブコ氏は述べた。

すでに対策を講じた国は多い。トルコは昨年12月、通貨暴落とインフレ率の急上昇に対処するため、最低賃金を50%引き上げた。チリも今年、同じように最低賃金を引き上げる予定だ。

南アフリカ政府は2020年に導入した生活保護給付金の増額及び同制度の恒久化について議論を進めている。

エコノミストらが懸念するのは、最近の食料価格高騰を背景に、新興市場諸国で新たな社会不安が生じるのではないかという点だ。欧州復興開発銀行のチーフエコノミスト、ベアタ・ヤボルチッチ氏によれば、特に脆弱と思われるのが北アフリカ諸国だ。この地域では10年前、食料価格の高騰が「アラブの春」と呼ばれた反政府運動の引き金となった。

「この戦争が皮肉なのは、危機に陥るのはロシアだと誰もが思っていたのに、実際には北アフリカ諸国に食料価格高騰による緊急事態が迫っているという点だ」と同氏は指摘した。

だが、痛みはさらに広がると予想されている。リスク管理コンサルティング会社ベリスク・メープルクロフトが前週発表した報告書によると、2022年第4・四半期までに暴動のリスクが高い、または極端に高いと予想される国の4分の3は中所得国となっている。

BNPパリバのカルバリョ氏は、支出を通じてインフレ圧力を緩和しようとすれば、財政に負担がかかり、将来的に問題が生じる恐れがあるとの見方を示した。

「新興市場諸国では財政的にはマイナスの政策も許容されているが、無かったことにはできない」とカルバリョ氏は述べた。「ここ数年、大盤振る舞いも許されているように誰もが感じていた。その一因は、金利が非常に低かったからだ。金利が上昇している現在、状況はいささか容易ではなくなっている」

(Karin Strohecker記者、Ezgi Erkoyun記者、Sarah El Safty記者 翻訳:エァクレーレン)

ロイター
Copyright (C) 2022 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国国会、対米投資の特別委員会を設置 関連法を迅速

ワールド

ウクライナ南・東部にドローン攻撃、子ども含む3人死

ビジネス

スペースX、月面での「自力発展都市」建設を優先=マ

ビジネス

日経平均は大幅続伸し最高値、一時5万7000円台 
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた実験室」に...抗生物質の「不都合」な真実とは
  • 2
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日本をどうしたいのか
  • 3
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予防のために、絶対にしてはいけないこととは?
  • 4
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...…
  • 5
    韓国映画『しあわせな選択』 ニューズウィーク日本…
  • 6
    背中を制する者が身体を制する...関節と腱を壊さない…
  • 7
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 8
    【銘柄】「ソニーグループ」の株価が上がらない...業…
  • 9
    「右足全体が食われた」...突如ビーチに現れたサメが…
  • 10
    心停止の8割は自宅で起きている──ドラマが広める危険…
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた実験室」に...抗生物質の「不都合」な真実とは
  • 3
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予防のために、絶対にしてはいけないこととは?
  • 4
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 5
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 6
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 7
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新…
  • 8
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日…
  • 9
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 10
    エヌビディア「一強時代」がついに終焉?割って入っ…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 6
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 7
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 8
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 9
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中