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アングル:脱中国依存、韓国が国内タングステン鉱山再開へ

2022年05月13日(金)18時24分

5月9日、 レアメタル(希少金属)のタングステンを産する韓国の上東鉱山では、約30年ぶりの操業再開に向けて大規模な改修工事が進んでいる。写真は韓国・江原道のタングステン鉱山近くの村で3月撮影(2022年 ロイター/ Heo Ran)

[上東(韓国) 9日 ロイター] - レアメタル(希少金属)のタングステンを産する韓国の上東鉱山では、約30年ぶりの操業再開に向けて大規模な改修工事が進んでいる。デジタル時代を迎え、スマートフォンや半導体、電気自動車(EV)やミサイルまで幅広い分野でタングステンに新たな価値が見出されたためで、操業再開は韓国が主要レアメタルの中国依存を断ち切るきっかけになるかもしれない。

ソウルから南東180キロに位置する上東鉱山を所有するアルモンティ・コリア・タングステンのリー・ドンセブ副社長は、再開の理由について「天然資源の所有権を有していることを意味するからだ」と説明。「資源は武器に、戦略資産になった」と述べた。

ロイターが各国政府や企業の発表を調査したところ、中国を除く全世界で操業の立ち上げか再開が行われた鉱山と鉱物加工プラントが少なくとも30カ所あり、上東鉱山もその1つ。

業界のこうした動きは、グリーンエネルギーへの移行に欠かせない貴重な鉱物資源の供給確保で、世界中の国々が圧力にさらされていることを示している。

国際エネルギー機関(IEA)が昨年公表した予測によると、レアメタル全体の需要は2040年までに4倍に増え、EVやバッテリー向けでは30倍に膨らむ見通しだ。

こうした資源の多くは中国が採掘、加工、精錬で支配的な立場にあり、多くの国は鉱物資源の確保を国家安全保障の問題と捉えている。

中国地質調査所の2019年の調査では、中国は重要な鉱物で米国と欧州向けの最大の供給国だ。米国が重要鉱物に分類する35種類のうち、クリーンエネルギー技術に不可欠な13種類で供給量が最大であり、バッテリーに使用されるアンチモンなど欧州連合(EU)が重要鉱物とする21種類で最大の供給国となっている。

コンサルタント会社ウッド・マッケンジーの金属・鉱業担当上級副社長ジュリアン・ケトル氏は「言わば、重要な鉱業原料のレストランで中国は既に席に座ってデザートを食べているのに対して、他の国はタクシーの中でメニューを読んでいるような状態だ」と話した。

<欠かせぬプランB>

サムスン電子のような半導体大手を抱える韓国にとって、レアアースの供給確保は焦眉の課題だ。韓国は国民1人当たりのタングステン消費量が世界で最も多いが、輸入の95%を中国に頼っている。

ロンドンに拠点を置き国際商品に関する分析を行っているCRUグループの見積もりでは、中国は世界のタングステン供給の80%余りを握っている。

上東鉱山はかつて3万人が暮らすにぎやかな町だったが、今では住民は1000人ほど。ただ、同鉱山のタングステン鉱床は世界最大級で、来年の生産量は世界供給の10%相当に達するとアルモンティ・コリア・タングステンは見込んでいる。

アルモンティ・コリアの親会社でカナダに拠点を置くアルモンティ・インダストリーズのルイス・ブラック最高経営責任者(CEO)は、生産の半分程度を韓国国内に振り向け、中国産に取って代わる計画だと述べた。「中国から買うのは簡単で、中国は韓国にとって最大の貿易相手国だが、中国に依存し過ぎていることは理解されている。今はプランBが必要だ」と指摘した。

上東鉱山のタングステンは、韓国が日本の植民地だった1916年に発見された。タングステンはかつて、強度の高さから金属掘削工具に多く使われた。韓国経済の屋台骨を支え、1960年代には韓国の輸出額の70%を占めた。

その後は、より価格の安い中国産に押され、採算が立たなくなった同鉱山は1994年に閉鎖へと追い込まれた。しかし、デジタル革命やグリーン革命、供給源の多様化を求める各国の思惑から、今後は需要と価格が上昇を続けるとアルモンティは見込んでいる。

アジアン・メタルの分析に基づくと、タングステン製品の主要原料である最小パラタングステン酸88.5%の欧州価格は1トン当たり346ドル前後と、1年前に比べて25%超の上昇となり、5年ぶりの高値に迫っている。

上東鉱山は、地下に広大なトンネルを掘るなど近代化を進め、タングステンの粉砕・研磨工場も建設が始まった。

マネージャーのカン・ドンフン氏は、操業再開によって技術を次の世代に引き継ぐことができると考えている。「30年間も閉鎖されていた。このチャンスを逃したら、もう無理だろう」と語った。

<供給網外交>

韓国は昨年11月、北京が尿素水の輸出を厳格化して供給危機に陥ったことから、対応を検討するタスクフォースを立ち上げた。

資源安全保障を担当する韓国鉱害鉱業公団(KOMIR)に話を聞くと、同公団は上東鉱山のトンネル工事費用の約37%を補助することを約束し、潜在的な環境破壊を軽減するため、さらなる支援を検討するという。

尹錫悦次期大統領(9日時点)は今年1月、「特定の国」への鉱物資源の依存を減らすとの公約を打ち出し、4月には政府が民間部門と備蓄情報を共有することを可能にする新たな資源戦略を公表した。

安全保障の面から鉱物資源の確保に動いているのは、韓国だけではない。

米国、EU、日本はいずれも過去2年間に重要鉱物の供給戦略を立ち上げたり、見直したりしており、中国への依存度を減らすために多様な供給ラインに投資する広範な計画を打ち出している。

鉱物の供給網は外交の場でも注目されるようになった。

カナダとEUは昨年、中国への依存度を減らすために原材料に関する戦略的パートナーシップを始動。韓国は最近、オーストラリア、インドネシアと鉱物資源の供給網に関する協力協定に調印した。

ユーラシア・グループのエネルギー・気候資源部門のディレクター、ヘニング・グロイスタイン氏は「グリーンとデジタルへの移行に不可欠な原材料へのアクセスが最重要課題となっており、供給網外交は今後、多くの政府によって優先課題になるだろう」と述べた。

<地元の反対>

ウッド・マッケンジーのケトル氏は、2030年までに重要な鉱物資源の供給需要を満たすためには、世界全体で2000億ドルの追加投資が必要と見積もっており、これは現在発表されている金額の10倍に相当する。

だが、鉱物資源開発プロジェクトは、自宅近くに鉱山や製錬所があることを望まない地域住民からの抵抗に直面している。

上東にも鉱山再開で生活が良くなるのか疑問視する住民がいる。

鉱山が操業していたころ、鉱山から流れてくる小川でタングステンを採り、何十年も暮らしていたキム・クワンギルさん(75)は「機械で全部やってしまうから、前ほど人手は必要ない」と話した。

(Ju-min Park記者、Joe Brock記者)

ロイター
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