ニュース速報

ワールド

焦点:トルコを覆う不安と貧困、コロナが現政権支持層に打撃

2020年09月17日(木)09時46分

 仕立職人のフセイン・ゴクソイさん(写真)は、新型コロナウイルスの感染拡大が最悪の状態にあった時期、飢えに直面するのではないかという強い不安に駆られ、短期間ながらヘルニアで起き上がれなくなってしまった。写真はイスタンブールの市場で、客を待つ屋台。9日撮影(2020年 ロイター/Umit Bektas)

Jonathan Spicer Ali Kucukgocmen

[イスタンブール 10日 ロイター] - 仕立職人のフセイン・ゴクソイさんは、新型コロナウイルスの感染拡大が最悪の状態にあった時期、飢えに直面するのではないかという強い不安に駆られ、短期間ながらヘルニアで起き上がれなくなってしまった。トルコは貧困の解消を懸命に目指しているが、将来に向けたゴクソイさんの不安はますます強まっている。

トルコで、こうした不安を抱えるのは彼ひとりではない。

2カ月にわたるロックダウン(都市封鎖)は6月に終わったが、国からの支援を頼みに糊口を凌いでいるトルコ国民は約400万人を数える。その一方で、さらに多くの非正規労働者が金銭的な支援をほとんど受けられないままでいる。

エルドアン大統領政権は恐らく早ければ11月にもレイオフの一時禁止措置を解除すると見られるが、世論調査でも学術的な研究でも、その後については暗い展望が拡がるばかりだ。

<格差縮小の成果、20年前に逆戻り>

48歳のゴクソイさんは、今年前半の損失を少しでもカバーしようと、マスクの製造を手がけている。彼の事業は、中小企業向けの優遇金利による融資を受けることができなかった。彼が暮らすイスタンブール中心部の保守的な地域では、保証人を見つけることができなかったからだ。

「皆が仕事に行かないから、外出用の服を着ることもない。だから衣服の直しの仕事だけやっていたが、1日に5ー10リラ(約71ー142円)しか稼げないし、その注文すら入らない」と彼は言う。「今もまだ子どもたちに仕送りしてやることもできない。まともな仕事をしなければ、飢えてしまうだろう」

データや世論調査の結果によれば、労働市場全体に、こうした不安と幻滅がかつてないほど見られる。最も厳しい打撃を受けているのは、トルコ国民のなかでも、エルドアン政権による福祉政策の恩恵を何年にもわたって受けてきた層である。こうした政策は、所得格差の急速な縮小に貢献してきた。

トルコ国内のエコノミスト、アイス・アイリン・バヤール、オネル・グンカブディ、ハルク・レベント各氏による研究では、今年、トルコの貧困層の人口は2000万人近くへと倍増し、格差縮小の進捗という点では20年も逆戻りする結果になると予測している。

これでは、イスラム主義を基盤とするエルドアン大統領の与党・公正発展党(AKP)の成功も実質的に帳消しということになろう。2023年に予定されている次期総選挙では、エルドアン大統領の最も忠実な支持基盤の強さが試されることになりかねない。

ゴクソイさんの店舗はエルドアン大統領が幼少期を過した家の近所にある。ゴクソイさんは、引き続きAKPを支持しているが、同党の正直さがもはや失われたと思うようになれば、考えを変えるだろう、と話す。

<持続不可能な政策>

エルドアン大統領は7日、パンデミックの影響は残るものの、トルコ経済はさらに力強く浮上するだろうと述べ、政府による1000億リラ(約1兆4200億円)の支援プログラムが低所得世帯を助けていると付け加えた。

大統領府及び支援プログラムを管轄する財務省の広報担当者に、貧困の増大について質問したが、今のところ回答は得られていない。

この支援スキームは、多くの正規労働者の賃金を部分的に補い、約200万世帯の困窮家庭に現金給付を行う。主要野党が市政を担う複数の大都市では、これ以外にも現金や食糧の給付を行っている。

だがトルコでは、低熟練労働者の3分の1が非正規で日々の現金収入を得ており、民間セクターは中小企業が中心だ。さらに2018─19年のリセッションにより公共財政には余裕がなくなっているという事情が重なり、経済はきわめて脆弱な状態に置かれている。

パンデミック対応のかなりの部分を支えている中央銀行の準備金は急激に減少しており、トルコリラの下落は加速し、過去最低水準となっている。さらにはリラ安が基本的な輸入品の価格上昇を招く形だ。

法律上、エルドアン大統領は労働者を保護するため、レイオフ禁止措置の解除を11月までではなく2021年半ばまで延長することはできるが、そのためには財政上の負担が生じる。

貧困急増を予測する研究の共同執筆者であるイスタンブール工科大学のエコノミスト、グンカブディ氏は、「これらの政策は持続可能ではない」と語る。

「こうした措置が撤廃されたら、大量のレイオフ、貧困の急増、家族構造の危機、マイノリティや難民が敵視される可能性など、大混乱が生じる恐れがある」

過去の景気後退局面でも、トルコ国内のシリア難民約360万人への風当たりが強まった。また、今年も失業状態が続いている者にとって、セーフティーネットはほとんど無い。

花屋を引退したケマル・エルドアンさん(76)は今週、AKPを支持すると言いつつ、貧しい者がますます貧しくなっている以上、「私たちよりも良い生活を送っている」外国人をトルコがあまりにも多く受け入れすぎたことは明らかだ、と続けた。

<再度のロックダウンへの不安>

10日に発表された政府のデータによれば、ロックダウン解除後の6月・7月にも、過去に例を見ない雇用の崩壊が続いた。正規の従業員として登録されていない労働者の解雇によるものだ。

職探しの意欲を失ってしまった人も過去最高の140万人と、1年前の3倍近くに達している。イスタンブール・エコノミック・リサーチが実施した世論調査では、先月は仕事のあった人のなかでも、半数近くが冬までに失業することを「とても心配している」と回答している。

イスタンブール・エコノミック・リサーチのゼネラルマネジャーを務めるカン・セルクキ氏は、この調査結果について、レイオフ禁止措置が解除されたら「即座に」解雇されるのではないかという労働者の疑念を反映している可能性があるという。同氏はさらに、エルドアン連立政権に対する支持率が、季節的な効果で8月には46%に上がったが、今月の世論調査では44%に下がったことを指摘する。

トルコは4月にほとんどの企業活動を停止させ、国境を閉鎖、都市間の移動を禁止し、部分的な自宅待機命令を発動するとともに、レイオフを禁止する措置をとった。

大人数の集会も制限されたため、ドラマーとして結婚披露宴の席上で演奏するメフメト・コスクンさんは、社会保障もないまま、出演機会はふだんのわずか3分の1に減ってしまった。「ローンの支払い期限が来たら、どうすればいいか分からない」と彼は言う。「水の販売やビル清掃の仕事ならできるかもしれない」

世界銀行によれば、こうした雇用喪失はサービス、観光、建設といったセクターで発生しており、トルコの最貧層に最大の打撃となった。だが世銀が予測する貧困率の上昇はトルコ国内での研究による予測よりも小幅で、政府の支援によって部分的に抑制されることで、10%から約12%に増加するとされている。

このところ、新型コロナ感染者が5月初めの水準まで増大していることも、不安をかき立てる。2カ月前にイスタンブールで婦人服ショップを開業したメルイェム・イルディリムさんは、再度のロックダウン実施が最悪の悪夢だと話す。

2人の子どもの母親であるイルディリムさんは、「中小の事業者は今、皆そう思っている」と語る。彼女は家賃の支払いと店舗維持資金の借り換えのためにローンを利用したという。

(翻訳:エァクレーレン)

ロイター
Copyright (C) 2020 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ゼレンスキー氏「プーチン氏を信頼せず」、勝利に米の

ワールド

イスラエルのソマリランド承認に安保理で懸念、ガザ住

ワールド

ロ、ウクライナで戦略的主導権 西側は認識すべき=ラ

ビジネス

日経平均は続落で寄り付く、米株安の流れ引き継ぐ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 5
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 6
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 7
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それ…
  • 8
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 10
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中