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アングル:日銀の強力買いオペはいつか、債券市場でなお共通認識得られず

2023年08月09日(水)14時47分

 債券市場では、日銀のオペに対して不透明感がくすぶり続けている。写真は都内で2017年6月撮影(2023年 ロイター/Toru Hanai)

和田崇彦

[東京 9日 ロイター] - 債券市場では、日銀のオペに対して不透明感がくすぶり続けている。日銀の植田和男総裁が金利抑制の基準として示した「根拠のない投機的な債券売り」を巡り、政策決定会合後2週間近く経った現在も市場のコンセンサスは形成されていない。米金利が先週低下に転じたことで、日銀の「本気度」を試すイベントに欠ける中、日銀がいつどのようなときに強力に債券市場に介入してくるのか、市場参加者の多くが警戒している。

<緩やかな金利上昇なら容認か>

日銀は緩やかな金利上昇を容認するようになった――。三菱UFJモルガン・スタンレー証券の鶴田啓介・シニア債券ストラテジストはこう指摘する。

日銀は7月27―28日の金融政策決定会合でYCCの運用柔軟化を決定。10年物国債に対する連続指し値オペの実施金利を0.5%から1.0%に大幅に引き上げた。決定が伝わると10年金利は急上昇したが、日銀は金利を止めに行かなかった。

28日は臨時オペをせず、8月2日の全年限を対象とする国債買い入れも前回の通常オペから額の変更はなし。昨年12月に10年金利の変動幅を拡大した際、会合当日や翌営業日に臨時で買い入れオペを実施して金利の上昇を止めたのとは対照的だ。3日には10年金利が一時0.655%と2014年1月以来の高水準に達した。

ただ、10年金利は0.6%台で上昇が止まり、足元ではさらに上を目指す機運に乏しい。9日には0.5%台に低下した。

この背景には、米金利が低下に転じたことに加え、日銀が国債買い入れをどの水準で積極化するか不透明感が残っていることがある。内田真一副総裁は2日の記者会見で、10年金利が1%を付ける前に、スピード次第では「当然止めに行く」と述べたが、具体的な水準には言及しなかった。

鶴田氏は10年金利の変動幅の「新しい枠」に当たる0.5―1.0%の中間地点、0.75%を上回れば日銀が止めに来ると予想している。これは、同氏が推計する10年金利のフェアバリュー、0.7―0.8%程度とおおむね整合的な水準だ。

<YCCの基本スタンスに変化なし>

2日の米国市場では、米10年金利が9カ月ぶりに4.1%台に上昇。翌3日、日銀は臨時オペを実施したが、10年金利の上昇が止まらず、日銀では警戒感が高まった。4日に10年金利の上昇が一服したことで、金利上昇を抑える日銀の「本気度」が表面化することはなかったが、共通担保オペなどのツールも駆使しながら、急速な金利上昇には対応する構えだ。

日銀では、0.5%での連続指し値オペはやめるものの、国債買い入れで金利を低い水準に抑え込むYCCの基本を変えたわけではない、との指摘が出ている。

7月会合でYCCの運用を柔軟化したとは言え、月間の国債買い入れ額9兆円程度との方針は修正しなかった。会合直後、四半期の買い入れ計画を変更し、買い入れ額のレンジが5兆5600億円―12兆4600億円と、従来よりワイドになったものの、レンジの中心は9兆0100億円で変更しなかった。

日銀は、消費者物価指数(除く生鮮食品)の対前年伸び率の実績値が安定的に2%を上回るまでマネタリーベースの拡大を続ける「オーバーシュート型コミットメント」を掲げ続けている。植田総裁は会合後の記者会見で、マネタリーベースの増加ペースが「トレンドとしては続いていくようにオペを続けたい」と述べた。

鶴田氏によれば、国債の償還額を踏まえればマネタリーベースの増加ペースを維持するには最低でも月間6兆円程度の買い入れが必要で、日銀が9兆円程度の買い入れを続ける限り、「量」の面で引き締め方向にはならない。

<サービス価格の上昇加速するかに注目する声も>

債券市場では、近いうちに10年金利が1%に到達すると見込む声は大きくない。

SBI証券・チーフ債券ストラテジストの道家映二氏は、1%に届くかどうかは国債の買い入れ額をどうするかがカギになると指摘。「単純に今の買い入れ額を維持した状態で、マイナス金利を解除したとしても1%には届かないとみている」と話す。

一方で、「マイナス金利解除が視野に入ってきたら1%というのをある程度考えないといけない」(三井住友トラスト・アセットマネジメントの稲留克俊シニアストラテジスト)との声もある。稲留氏は、1%到達のタイミングとして「近々という感覚は持っていないが、物価次第で年内に絶対ないとは言えない」とし、サービス価格の上昇が加速するかに注目している。

<日銀、金利上昇の背景を注視>

植田総裁は会見で「長期金利が1%まで上昇することは想定していない」と話し、1%は「念のための上限キャップ」と説明した。

日銀では、もしも先行き10年金利が1%に達するような場合には、それが経済や物価のファンダメンタルズの変化に基づくものか、そうではなく投機的な上昇なのか分析する必要があるとの声が出ている。ファンダメンタルズの変化によるものであれば、YCCの撤廃やマイナス金利の解除が視野に入る可能性がある。

ただ、経済・物価の不確実性は大きい。モルガン・スタンレーMUFG証券のエグゼクティブディレクター、杉崎弘一氏は「来年あたりにコアCPIが2%を割ってくれば、(国債には)投資家の買いが入るとみている」と指摘。「後で振り返った時に、今が(金利の)天井だったとの認識になる可能性がある」と話している。

(和田崇彦、取材協力:植竹知子、坂口茉莉子 編集:橋本浩)

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