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焦点:ボリビアのリチウム争奪戦、ドイツが中国押しのけ勝利

2019年02月03日(日)08時15分

Mitra Taj and Michael Nienaber

[ウユニ(ボリビア)/ベルリン 28日 ロイター] - ドイツは先月、ボリビアでの大規模リチウム鉱山開発を支援する協定を締結し、2国間の経済関係を深化させる事業としてこれを歓迎した。

これによりドイツは、バッテリーの素材となるこの希少金属を巡って中国などの大国が世界中で繰り広げている新たな「グレートゲーム(大競争)」への参戦を果たした。

ベルリンで先月12日締結された同協定は、モラレス大統領率いるボリビア政府に対して、ドイツが2年間にわたって行った熱心なロビー活動の成果だ。ドイツの小規模な同族経営企業と組む方が、中国のライバルよりも優る、と熱心に説得していたことが、両国の当局者に対するロイターの取材で明らかになった。

中国はアジアやチリ、アルゼンチンなどで協定を結ぶことにより、グローバルなリチウム市場の囲い込みを静かに進めていた。次世代エネルギー革命の鍵となるかもしれない戦略的資源の確保を狙った動きだ。

中国が過去2年間で行った南米向け投資額は42億ドル(約4600億円)に上り、同時期に日韓企業が行った類似の投資総額を上回った。中国企業は現在、世界のリチウム生産の半分近く、そしてバッテリー生産能力の60%を支配している。

ドイツ当局者は、独ACIシステムズによる今回のボリビア入札を支援した理由として、アジアのバッテリー製造企業に対するドイツの依存度を抑えるチャンスであり、独自動車メーカーが電気自動車(EV)の生産競争で中国や米国の競合他社に追いつくための支援になると考えたためだ、とロイターに語った。

ドイツ政府当局者は、一連のボリビア訪問を通じてドイツ企業との提携によるメリットを訴えるなどの働きかけを行った。またボリビアのエチャズ副大臣(高エネルギー技術担当)は、ボリビア当局者側もドイツのバッテリー製造工場を視察した、とロイターに語った。

ドイツのアルトマイヤー経済相は、環境問題に熱心なモラレス大統領に宛てた書簡の中で、ドイツが環境保護に力を入れていることを強調した。こうしたロビー活動の仕上げは、昨年4月に行われた同経済相とモラレス大統領による電話協議だった、と関係者は語る。

ACIが契約を勝ち取ったことで、ドイツは南米の「リチウム・トライアングル」に残る最後のフロンティアへの足掛りを得たことになる。まだ未開拓のリチウム鉱脈の中で世界最大級の1つが、ボリビアにあるウユニ塩湖だ。

ドイツ自動車製造の中心地チューリンゲン州で州経済相を務めるヴォルフガング・ティーフェンゼー氏は10月、ボリビア首都ラバスを訪れた際、「この提携によってわが国はリチウム供給を確保し、中国の独占を打破することになる」とロイターに語った。

<残るリスク>

ACIにとって、ボリビアでの事業にはリスクもある。

ウユニ塩湖のリチウム埋蔵量は少なくとも2100万トンと喧伝されているが、モラレス大統領はACIに対して、天然資源の国有化を公約の柱としてきた。ただしボリビア政府当局者は、何か不具合が生じても海外からのウユニ塩原向け投資は保証されると明言した、とACIのシュムツCEOはロイターとのインタビューで語った。

さらに、降雪や降雨によって、ウユニの塩水からリチウムを抽出するために必要な蒸発プロセスが遅延する恐れもある。また、ボリビアは内陸国なので、リチウムの出荷には隣接するチリやペルーの港湾を利用する必要が生じる。

環境を意識したクリーンな技術や設備を供給する同族経営企業のACIには、リチウム生産の経験がない。同社の生産能力を疑問視する業界アナリストもいるが、同社は小規模ゆえに柔軟性が高く、さまざまな分野のパートナーを同プロジェクトに招くことができる、とそうした懸念を一蹴した。

シュムツCEOは、ドイツの大手自動車メーカーとリチウム供給について仮契約を結んでいると語ったが、秘密保持義務を理由に詳細は明らかにしなかった。

BMWは、ACIと予備的な協議を進めているものの、まだ決定には至っていないと語る。フォルクスワーゲン(VW)は、原材料の供給確保と価格安定は重要だが、ボリビアでのリチウム生産は特にハードルが高いと言う。ダイムラーのオラ・ケレニウス取締役氏は「実現したとしても、私たちは参加しない」と語った。

すでに交渉に入っている自動車メーカーは、最終的な契約成立までは、何も公式に認めることができないだろう、とACIは述べている。

<リチウム版「グレートゲーム」>

リチウム支配を巡る世界的な競争は「グレートゲーム」と呼ばれてきた。これは19世紀、ロシアと英国が中央アジアにおける影響力や支配地域を巡り、争った状況を表現する言葉だ。

ボリビアでのプロジェクトには、同国内に水酸化リチウム生産プラントとEV向けバッテリー製造工場を建設する計画も含まれている。バッテリー製造工場が完成すれば、単なる原材料輸出国という従来の役割からボリビアを脱却させるという、モラレス大統領の野心の実現に一役買うことになろう。

ACIでは、水酸化リチウム製造プラントの年間生産能力を2022年末までに3.5万─4万トンに引き上げたいと表明している。これは世界最大級のリチウム生産企業が運営するプラント生産量に匹敵する。このうち8割はドイツに輸出されることになる。

ボリビアのエチャズ副大臣は、ACIが同国内にバッテリー製造工場を建設する姿勢を見せたことが契約成立の好材料になったと語る。

中国企業は、原料を出荷してバッテリーを製造し、最終製品を中国に再輸入するのでは経済的に意味がないと感じたため、ボリビアでのバッテリー製造工場建設を望まなかった、と同副大臣は述べた。

ラパスにある中国大使館は、ウユニ塩原プロジェクトについてコメントはしなかったが、リチウムに関してボリビアと将来的に協力する可能性は「非常に大きい」と述べた。

新たに発足する合弁事業には、ボリビア国営のボリビア・リチウム公社(YLB)が51%を出資する。プロジェクトの主導権を握ることもボリビア側にとっては重要な条件だった。スペインの植民地だった同国で天然資源の獲得を巡り諸外国が争った苦い記憶があるからだ。

YLBのフアン・カルロス・モンテネグロ総裁は、提携先企業を決める1つの要因となったのは、地政学的な状況だと語る。

「たった1つの国がルールを定めるのは好ましくない。バランスが必要だし、他の大国がそうしたバランスの創出に貢献しなければいけない」と同総裁は語った。「そのため、市場に関する経済的パートナーだけではなく、地政学的に戦略的なパートナーを持つことがボリビアにとって大切だ」

ただし、どこが提示する条件が最善かを判断する際に、ボリビアが中国に対して否定的な傾向を持っていたわけではない、と同総裁は強調する。「ボリビアと中国の関係は引き続き良好だ。中国は世界のあらゆる国に進出しており、避けることは不可能だ」

(翻訳:エァクレーレン)

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