ニュース速報

焦点:貿易戦争で供給網に激震、中国脱出組が東南アジア争奪戦

2018年12月03日(月)15時54分

[香港/バンコク 29日 ロイター] - フレッド・ペロッタさん(33)は、流行のリュックサックを製造する自社工場に部品を提供する中国の供給網を築くのに4年かかった。だが、米国が中国製品の約半分に関税をかけると発表するとすぐに、他国のサプライヤーを探し始めたという。

たとえトランプ米大統領と中国の習近平国家主席が、今週末に行われる20カ国・地域(G20)首脳会議で過熱する貿易戦争に終止符を打ったとしても、他のサプライヤーへの移行は今ではだいぶ進んでいるため後戻りはできないと、ペロッタさんは言う。

2001年に中国が世界貿易機関(WTO)に加盟して以降で最大の変化が、グローバルサプライチェーンに起きていると専門家は指摘する。ペロッタさんの会社「トルトゥガ」もまさにその渦中にある。

こうした変化は、中国の近隣国に新たな工場を確保し、世界の製造業の5分の1の拠点である中国の外に供給網を築こうとする激しい競争を生んでいる。

「みな神経質になっていて、われ先にと奪い合っている」とペロッタさんは米カリフォルニア州オークランドから電話でこう述べた。ペロッタさんは最近、ベトナムの新たなサプライヤー候補からサンプルを初めて受け取ったという。

「長期的に、すべてをシフトすることになるだろう」

中国に対する米関税の対象範囲が拡大し、関税率もさらに高くなる可能性や、近隣の新興国が「先着順」でしか新規ビジネスを受け入れられないのではないかとの恐れから、新たな生産拠点とサプライヤーの争奪戦は激化している。

ベトナムとタイが望ましい拠点候補として浮上しているが、行政手続きや熟練労働者の不足、限定的なインフラなど受け入れ能力に制約がある。

<熱狂>

ロイターはさまざまな業界の経営者や通商専門の弁護士、ロビー団体から10人以上に取材。その結果、この数カ月で、アジア全土にわたり活動が過熱していることが明らかとなった。経営者は製品サンプルを取り寄せたり、工業団地を視察したり、弁護士を雇ったり当局者と面会したりしている。

家具メーカーの敏華控股<1999.HK>は6月、ベトナムの工場を6800万ドル(約77億円)で購入した。2019年末までに同社の生産規模を現在の約3倍となる37万3000平方メートルに拡大する計画だとしている。

「工場獲得は関税によるリスクを軽減するためだ」と同社は声明で語った。

ベトナムに拠点を置く工業不動産デベロッパーのBWインダストリアルによると、10月から問い合わせが急増しており、同社が扱う工場は全て契約済みという。

「世界中から製造業者がやって来るが、彼らの工場は中国にあるのですぐに生産を始める必要に駆られている」と、BWインダストリアルのクリス・チュオン営業部長はロイターに語った。

電子機器受託製造サービスを提供するタイの企業「SVI Pcl」は、中国に拠点がある既存顧客と、計1億ドル相当の契約を新たに4本結んだ。

「貿易戦争はわれわれに有利だ」と、Pongsak Lothongkam最高経営責任者(CEO)は話す。「多くの企業から引き合いがあるので、優先順位を決めなくてはならない」

カンボジアも注目を集めている。米ニュージャージー州パーシッパニーに拠点を置く自転車メーカーのケント・インターナショナルは生産拠点を中国から同国に移転する。

「米国での売れ行きが好調なため、中国からできるだけ早く生産拠点を移すしかなかった」と同社のアーノルド・カムラーCEOは語った。

<混乱>

中国経済がサービスや消費、ハイテク製品へと移行する中、サプライヤーや生産拠点の変更は、すでに確立されていた傾向を加速させるものだ。

「われわれは、この1世代で最大の調達面の混乱を目の当たりにしている」。米アパレル・フットウエア協会(AAFA)のスティーブン・ラマー副会長はこう語る。同協会の1000社以上の加盟社は、年間4000億ドル以上を米国内で売り上げている。

「企業から最もよく聞くのは、『中国から脱却して多角化することを何年も検討してきたが、今それを実行に移す時だ』というものだ」

生産拠点の移行には長い年月を要することもある。企業は資金を確保し、適切なサプライヤーを探し出し、新たな物流管理拠点を整備しなくてはならない。同時に、不慣れな国で新たな法律上や財務上の問題に対処する必要がある。

「中国からの移転は非常に時間がかかり、先を読むのは難しいだろう」と、アクサ・インベストメント・マネージャーズのアジア新興国担当シニアエコノミスト、エイダン・ヤオ氏は言う。

低技術製品や低価格製品の生産拠点は移転が容易な一方、機械や輸送、IT分野の高付加価値な輸出品の場合は、高い研究開発費や中国の安い人件費のため、移転には何十年も要する可能性が高いと、UBSは今月のメモに記している。

だが、シティが先月実施した地域の顧客調査では、半数以上が自社への影響を軽減するためサプライチェーンをすでに調整していることが明らかとなった。

ただし、オートメーションのような分野に長けている中国を、1国だけで代替することはできないと、サンドラー・トラビス&ローゼンバーグ法律事務所の通商専門弁護士サリー・ペン氏は指摘する。

「どの企業も中国のほかに1国、2国、3国を加える戦略を模索している。はるかアフリカにまで」と同氏は語った。

今週にブエノスアイレスで開かれるG20に合わせて米中首脳会談が行われる予定だが、貿易摩擦で和解をみることに企業はほとんど希望を抱いていない。

トランプ大統領は26日、2000億ドル相当の中国製品に対する関税を10%から25%に引き上げるとの見通しを示した。

<巻き添え>

実際のところ、アジアの小国は必ずしも、世界の2大経済国による貿易戦争の悪化を待ち望んでいるわけではない。

第3・四半期の経済成長の伸びは、東南アジア全体で減速している。台湾、日本、韓国も同様で、当局者は貿易戦争がその一因だとしている。

例えば、タイの米国向け電子集積回路輸出は10月、4%増加した一方、中国向けは38%減少した。ベトナム製造業の心理指標はアジアで最も高いが、ピークから大きく下げている。

また、インフラ不足もビジネスを獲得しようとする国にとって悩みの種となっている。

世界銀行によるインフラの質を評価したランキングによると、タイは41位、ベトナムは47位だった。一方、中国は20位と比較的上位にある。

タイは、450億ドル規模の開発プロジェクト「東部経済回廊」により、港湾や空港、鉄道などのインフラ向上を目指す方針だ。

インフラのほかに、行政手続きもハードルとなっている。特にベトナムではそうだ。また、熟練労働者もそう簡単には確保できない。

ベトナムの失業率は2.2%で、タイのそれはもっと低い。

「ベトナムでは、非熟練労働者の割合が依然大きく、この問題を改善する効果的な計画がない。この5年、いや10年間で大きな変化は起きていない」と、ベトナム電子産業協会のグエン・フォック・ハイ副会長は言う。

「第4次産業革命に際し、安い労働力がベトナムの強みであり続けられるかどうかは疑問だ」

(Farah Master記者、Orathai Sriring記者、Anne Marie Roantree記者 翻訳:伊藤典子 編集:山口香子)

ロイター
Copyright (C) 2018 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英製薬アストラゼネカ、米国への上場移転を検討=英紙

ワールド

米EV推進団体、税額控除維持を下院に要請 上院の法

ビジネス

マネタリーベース6月は前年比3.5%減、10カ月連

ワールド

トランプ氏、義理の娘を引退上院議員後任候補に起用の
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    世紀の派手婚も、ベゾスにとっては普通の家庭がスニ…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    あり?なし? 夫の目の前で共演者と...スカーレット…
  • 9
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中