コラム

揶揄の標的にされた沖縄──ひろゆき氏発言の考察

2022年10月20日(木)12時14分

この世界観から誕生したのが「在日特権」である。つまりそれは日本に存在する在日コリアンが、税制などを筆頭に様々な恩典を国家から受けている、という「妄想」である。ところが「在日特権」はその後、10年を経てもまったく証明されなかった。いくら探しても「在日特権」などは存在しなかったのである。

2002年から発生したネット右翼はこの「在日特権」という妄想を主張することによりいたずらに「嫌韓」路線をひた走った。内外政治情勢も重なった。韓国では2003年から進歩派の盧武鉉が2008年まで政権を担った。盧政権が対日政策をすべて硬化させたわけではないが、彼らには「日本軽視」と映った。

盧の後には保守派の李明博に交代したが、李は大統領在任中の2012年に島根県竹島に上陸したため日韓関係は悪化した。朴槿恵、文在寅、そして尹錫悦。韓国の現代政治は保守系と進歩系の間でシーソーのように揺れ動いている。対日関係を重視する政権もあれば、軽視しているのではないかと疑われる時期も存在する。日本のネット右翼が「嫌韓」路線を突き進んだとしても、韓国の政権にあっては彼らを「刺激」する言動が「都合の良い時期」に起こるとは限らない。

ネット右翼は「効率の悪い蒸気機関車」に似ている。常に石炭を投入しないと前進することができない。最大の燃料だった「在日特権」はそもそも存在しないので流石に10年を経ると劣化してくる。一方、すでに述べた通り韓国政権の対日姿勢にもムラがある。2010年代後半になると、このような「燃料」のみをもって「嫌韓」を推進していくには限界があった。

そこで発生してきたのが2010年代中葉にあった「アイヌ民族へのヘイト」である。曰く「アイヌ民族は北海道の先住民族ではない」「アイヌには特権がある」という主張である。「在日特権」が存在しないことが明白になったので、新しい攻撃の矛先を探さなければならないときにアイヌ民族がやり玉に挙がった。著名な漫画家などが日本近世史に対する無知を前提にこのけん引役を担った。いま考えればこういった漫画家は「まともな歴史教育を受けていなかったのですね。教養がないまま社会人になったんですね」の一言に尽きるが、ともあれアイヌ否定論者の前衛を担った。

しかしこの潮流はすぐに下火になった。そもそもアイヌ民族は「北海道の先住民族である」ことは自明であり、とりわけ北海道民約530万にあってそれは義務教育の中で繰り返し徹底されてきた。また道における調査によれば北海道内のアイヌ民族は2万人に満たない。対象が少なすぎることに加え、北海道における経済"利権"の頂点にあるのはアイヌ民族ではなく明らかに「官(官主導の開発などと呼ばれる)」であることから、実感がなかった。そこで彼らの指向性は南方にシフトした。その標的となったのが沖縄である。

「龍柱」をきっかけとした「沖縄蔑視」の始まりは2010年代半ば

沖縄へのヘイトが苛烈になったのは間違いなく2015年である。切っ掛けは、翁長県政下で那覇市に建てられた龍柱である。龍柱とは読んで字のごとくドラゴンをモチーフにした沖縄伝統の彫像であるが、これを「中華皇帝に追従する意思を表すもの」としてネット右翼が徹底的な攻撃を加えるようになった。これを先導したのが前掲の「保守系言論人」である。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

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