コラム

米韓FTAの決裂は朗報だ[寄稿]

2010年11月12日(金)17時53分

pa_081110.jpg

先送り 会見場を後にする李明博(右)とオバマ(ソウル、11月11日)
Jim Young-Reuters

 ナポレオンは常々「運の強い将軍が好きだ」と口にしていた。だとすれば、彼はきっとバラク・オバマ米大統領が気に入ったはずだ。

 幸運なオバマは、韓国との自由貿易協定(FTA)に最終合意するという政治的な自殺行為を、韓国側の「待った」のおかげで免れることができた。FTAはアメリカの貿易赤字と失業率を、今以上に上昇させかねないものだった。

 韓国発の報道によれば交渉はほとんど終わっており、オバマと韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領は自分たちが定めた交渉期限(11日)までに調印できる見通しだった。韓国はこれまで、FTAは自国経済の繁栄と安全保障にとって欠かせないものだとし、交渉を推し進めてきた。それが突然、米国産牛肉の輸入が若干増えることと、外国車の排ガス規制をわずかに緩和することに同意できないと言い出した。

 韓国は中国と同じく、自国通貨の為替レートを操作し、無数の行政指導と非関税障壁で輸入品をがんじがらめにしている。そんな世界有数の閉鎖的市場である韓国が、輸入激増を招くはずもないアメリカ側の2つの要求になぜ応えられないのか、疑問に思う人もいるだろう。

 しかしオバマは、韓国が被害妄想に陥ってくれた幸運に心から感謝すべきだ。おかげでオバマ政権は自滅行為を回避できるのだから。

 すべてが自由貿易の方向に流れている今、自由貿易と名の付くものに反対することは完全なタブーだ。だが実際のところ、韓国との自由貿易が可能だと信じている人などいるのだろうか? なにせ韓国は外国の知的財産を侵害することを政策的に奨励し、裁判所が日常的に外国企業の特許権を剥奪しているような国だ。

■対韓投資よりアメリカに投資せよ

 確かにFTAは韓国の関税を大幅に減らし、外国からの投資を促進するだろう。知的財産の保護を強化する必要も出てくる。だがその保護要求を裁判所が受け入れなければ、何の意味もない。それに関税引き下げも対韓国輸出の決定的な切り札にはならない。韓国政府は関税引き下げ分を相殺するため為替を操作することができるし、すでにそうしているからだ。

 韓国への投資促進など、アメリカが本当に望むべきものなのか。今の我々に必要なのは米国内における投資だろう。しかも今回のFTAは、韓国企業のアメリカ現地法人がアメリカの法規制などついて異論があれば、世界銀行や国際刑事裁判所に訴えることも可能にするものだ。

 すごいことではないか? アメリカは国家主権を守るためにこれまで一貫して、国際刑事裁判所への加盟を拒否してきた。それなのにアメリカの主権たる法制度を、外国企業が回避できるような貿易協定を結ぼうとするなんて。FTAを後押ししてきた米共和党は、このことを理解していたのだろうか。

 ただし本当の要点は国家主権ではなく雇用だ。FTAはアメリカの雇用状況を必ず悪化させる。もちろんワシントン周辺の様々なシンクタンクが、FTAはアメリカに利益をもたらすと報告している。しかしそれらを読めば、数字は嘘をつかないが、嘘つきに都合よく操作された数字を信じてはならないことがよくわかる。

 コンピューターによるシミュレーション結果は、FTA賛成派に都合のいいものもあれば、反対派に都合のいいものもある。だからここで、私の知り合いである韓国側の交渉担当者の言葉を紹介したい。私は彼にこう聞いた。友人として正直に言って、FTAでアメリカの対韓輸出やアメリカの雇用は大幅に増加すると思うか? 彼は「ノー」と即答した。韓国でのビジネス取引を知る人なら、誰もがそう答えるだろう。

 オバマの幸運がこのまま続くことを祈ろう。少なくとも、彼が韓国から帰国するまでは。

──クライド・V・プレストウィッツ(米経済戦略研究所所長)
[米国東部時間2010年11月11日(木)17時28分更新]

<クレジット>
Reprinted with permission from "FP Passport", 12/11/2010. ©2010 by The Washington Post Company.

プロフィール

ForeignPolicy.com

国際政治学者サミュエル・ハンチントンらによって1970年に創刊された『フォーリン・ポリシー』は、国際政治、経済、思想を扱うアメリカの外交専門誌。発行元は、ワシントン・ポスト・ニューズウィーク・インタラクティブ傘下のスレート・グループ。『PASSPORT:外交エディター24時』は、ワシントンの編集部が手がける同誌オンライン版のオリジナル・ブログ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

カナダ、対米鉄鋼・アルミ関税引き上げも 30日内の

ビジネス

再送国債発行修正案の報道で金利低下、出尽くし感も 

ワールド

イラン指導部の崩壊、「目標ではないが起こり得る」=

ワールド

ウクライナ陸軍新司令官にシャポバロフ氏 ゼレンスキ
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「過剰な20万トン」でコメの値段はこう変わる
  • 4
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 5
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディ…
  • 6
    マスクが「時代遅れ」と呼んだ有人戦闘機F-35は、イ…
  • 7
    全ての生物は「光」を放っていることが判明...死ねば…
  • 8
    下品すぎる...法廷に現れた「胸元に視線集中」の過激…
  • 9
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越しに見た「守り神」の正体
  • 3
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 7
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 8
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 5
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 6
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 7
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story