コラム

大みそかの長寿番組が映し出す日本の両極

2013年02月11日(月)10時00分

今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ

[2月5日号掲載]

 大みそかの晩になると、毎年「しまった」と思う。商店もレストランも早じまいするのを、すっかり忘れているからだ。大みそかの東京は、SF映画で大災害に襲われた町のように人っ子一人いなくなる。となると行き場は2つ。神社で震えながら初詣の列に並ぶか、暖房の効いた部屋でぬくぬくとテレビの前に座るかだ。

 私が日本で過ごした最初の年の大みそかは、衝撃体験だった。どうして店が全部閉まってるんだろう。みんなどこでパーティーをしてるんだろう。新年の花火の音を聞いて銀座を歩きながら、私は首をひねった。日本の人々が初詣の参拝先かテレビの前に集まっていることを、そのときの私は知らなかった。

 昨年の大みそかは家で食事をした。家族が初詣に行こうとしないので、テレビの前に集まりNHKにチャンネルを合わせた。大みそかの特別番組を見たことがなかったわけではない。だがいつもパーティーで飲んだりしゃべったりしながらだったので、毎年恒例の2つの番組がこれほど対照的だとは気付いていなかった。

『紅白歌合戦』に続き『ゆく年くる年』を見ていると、日頃から日本に対して抱いている戸惑いが頭をもたげた。私が暮らす日本はギラギラしたポップカルチャーの国なのか、それとも伝統と精神性を重んじる国なのか。

『紅白』は派手な演出や作り込まれた振り付け、ディズニーランドめいた雰囲気が、どうもいただけない。衣装は人形みたいだし、司会は退屈、肝心の歌はまるでカラオケだ。

■初詣で分かる「本当の日本」

 だが白組優勝が決まって『紅白』が終わると、私はぐっとテレビに引き込まれた。日本各地の初詣の様子を中継する長寿番組『ゆく年くる年』が始まったのだ。

 雪や森、山々や海を背景に、除夜の鐘を突こうと行列をつくる人々。重厚な造りの神社や寺は色鮮やかな幕や提灯、しめ縄で飾られている。カメラに向かって盛んに手を振る参拝客もいるが、ほとんどの人はひっそりと祈りをささげ、おさい銭を入れ、巨大な丸太で鐘を突こうと静かに待っている。

 これこそ本当の日本だ!と、私は毎年快哉を叫ぶ。

 だが本当にそうなのか。『紅白』も本当の日本ではないのか。古式ゆかしい聖地と最新のポップカルチャーほど懸け離れたものはない。神社を見れば反射的に「行ってみたい」と興味を引かれるが、万人受けを狙い、目にも耳にもけばけばしい『紅白』は、私にとっては興ざめだ。

『ゆく年くる年』が好きなのは、人も場所もありのままに映してくれるから。初詣もある意味、パフォーマンスなのかもしれないが、それは精神と伝統文化を大切にする真心に根差している。私に言わせれば、お寺でこうべを垂れてお経を唱える人の姿は、YouTubeのビデオを派手に化粧直ししたような『紅白』よりずっと素晴らしい。

 象徴的にも美しさの面でも、2つの番組は対極にある。片方はファンタジーで、もう一方はドキュメンタリー。『紅白』が予定調和であるのに対し、『ゆく年くる年』はこれまで見たこともないものを見せてくれる。不変の美、深い精神性、そしてミステリアスな時の流れ。

 私には、商売っ気たっぷりに有名歌手を出演させる『紅白』が日本の「建前」に、『ゆく年くる年』が「本音」──日本の心と魂──に思える。

 両方とも私が抱く日本の印象に重なるが、どちらがより日本的なのだろうか。

 決める必要はないのかもしれない。テレビのリモコンを手にして、スタンバイすればいいだけだ。毎年大みそかになれば『紅白』の日本も『ゆく年くる年』の日本も、必ず見られる。ただし今年の大みそかは、『紅白』の勝敗が決まってからテレビをつけることにしよう。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米政権がロス市提訴、ICE業務執行への協力制限策に

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダック最高値更新、貿易交

ワールド

G7外相、イスラエル・イラン停戦支持 核合意再交渉

ワールド

マスク氏、トランプ氏の歳出法案を再度非難 「新政党
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とんでもないモノ」に仰天
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引き…
  • 8
    飛行機のトイレに入った女性に、乗客みんなが「一斉…
  • 9
    自撮り動画を見て、体の一部に「不自然な変形」を発…
  • 10
    顧客の経営課題に寄り添う──「経営のプロ」の視点を…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story