コラム

大統領選が呼び覚ます私のなかのアメリカ人

2012年04月23日(月)09時00分

今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ

〔4月18日号掲載〕

 東京で暮らしていてしょっちゅう聞かれるのは、アメリカの何が恋しいかだ。大きなフライドポテトやクラシックロック専門のラジオ局、広い通りを車で走ることももちろん恋しい。でも4年に1度繰り広げられるアメリカ政治の常軌を逸した大騒ぎも恋しくてたまらない。

 今年も私は米共和党予備選のニュースを読んで望郷の念に駆られている。アメリカ政治のいいところと悪いところが混然一体となっているのを思い出すからだ。厚かましさ、スタンドプレー、歯に衣着せない発言。東京から見ると宇宙の彼方にあるよその星でも眺めている気分になる。どういうわけか、それが恋しい。

 今はメディアのおかげで、遠く離れていてもアメリカ政治を身近に感じられる。ミット・ロムニー前マサチューセッツ州知事が大富豪でないふりをし、ニュート・ギングリッチ元下院議長が後ろ向きな考えをまき散らし、リック・サントラム元上院議員が愛国者を気取り、ロン・ポール下院議員が大衆におもねる様子を見られる。実はそれでいらいらするから身近に感じるんだ!

 ああ、政治の話がしたい。アメリカでは選挙の時期にタクシーに乗れば、決まって政治の話になる。特に恋しいのはアメリカの最もあからさまな政治的表現の1つ──バンパーステッカーだ。車のバンパーに陽気なスローガンや皮肉なコメントや政治ジョークが貼ってあると、思わず反応してしまう。「なんてばかなんだ!」か「そのとおり!」と。

 東京では候補者のポスターが貼り出されるが、こちらは熱意あふれるスローガンが入り、まじめぶったものになりがちだ。アメリカのバンパーステッカーは議論を吹っ掛けるために貼る。たいてい1回きりの出合いだとしても、だ。

 他人の政治観がすぐ分かる点も恋しい。東京では誰が誰に投票するのか分かりにくい。電車で見掛けたかわいいOLは自民党に投票するのか? 花の展覧会に出掛けるお年寄りは共産党に投票するのだろうか? 直接尋ねると学生も同僚のほとんども困った顔をする。一方アメリカでは、誰の政治観も一目瞭然。みんな開けっ広げで、議論したくてうずうずしている。選挙戦のさなかは特にそうだ。

 政治が重要なのは人々が熱くなるからだ。共和党予備選をテレビで見ると、アメリカ人が政治観のぶつかり合いを楽しみ、人前で意見を戦わせることを誇りにしていることを思い出す。「意見の違いを認めよう」。アメリカでは誰もがそう言って他人の意見を尊重する。そのひとことでたちまち議論が始まる。東京人が他人の意見を尊重する気持ちを言葉ではなく態度で示しがちなのとは対照的だ。

■「故郷」への思いを票に託して

 外国に住んでいる人間は内政に無関心になると考える人もいる。でも私は逆だと思う。不在者投票するしかないが、候補者の1人が狭量で的外れなコメントをしているのを見ると、テレビに向かって叫びたくなる。東京で暮らしていても、私の思いは今もアメリカにあるようだ。

 地球の裏側で行われている共和党の予備選を見てそれほど腹が立つなんて、驚きだろう。これだけ離れていても候補者の誤ったコメントや愚かな提案に腹が立つとは、自分でも意外だ。日本の政治にもいら立つことはあるが、アメリカの場合ほど本能的なものじゃない。

 共和党候補が保守的な意見をまき散らすのを聞くたびに腹を立てるのは本意ではないが、不快感を覚えるのは自然なことに思える。たぶん、アメリカではなく東京の政治に腹が立つようになって初めて、私は正真正銘の東京人になったといえるのだろう。政治も家と同じで、その人の「故郷」なのだ。

 ようやく感情を票に託せるときはほっとする。不在者投票の日が待ち遠しい。私が誰に投票するかは、バンパーステッカーを見なくてもお分かりだろう!

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:値上げ続きの高級ブランド、トランプ関税で

ワールド

訂正:トランプ氏、「適切な海域」に原潜2隻配備を命

ビジネス

トランプ氏、雇用統計「不正操作」と主張 労働省統計

ビジネス

労働市場巡る懸念が利下げ支持の理由、FRB高官2人
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    オーランド・ブルームの「血液浄化」報告が物議...マイクロプラスチックを血中から取り除くことは可能なのか?
  • 3
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿がSNSで話題に、母親は嫌がる娘を「無視」して強行
  • 4
    カムチャツカも東日本もスマトラ島沖も──史上最大級…
  • 5
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 6
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 9
    ハムストリングスは「体重」を求めていた...神が「脚…
  • 10
    これはセクハラか、メンタルヘルス問題か?...米ヒー…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 4
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 5
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 6
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 7
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 8
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 9
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 10
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 7
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story