コラム

「歌舞伎町のジョブズ」と本物の意外な共通点

2011年11月14日(月)07時00分

今週のコラムニスト:李小牧

〔11月9日号掲載〕

 史蒂夫・喬布斯──新宿で結成された新しい暴走族の名前ではない。「シーティーフ・チアオブースー」、先日他界したアップル創業者のスティーブ・ジョブズは、中国語でこんなふうに表記される。中国でもジョブズの死は大きな驚きと悲しみをもって受け止められている。中国人は起業家意識が強いから、その死の衝撃は日本人以上かもしれない。

 そういう私もジョブズやアップルには思い入れがある。彼を悼んで先日、新型iPhoneを予約したし、90年代初め、日本に来たばかりで東京モード学園の学生だった頃に初めて買ったパソコンがマッキントッシュだった。

 出席率90%以上でないと留学ビザが取り消しになる厳しい学生生活を送りながら、アルバイトで年120万円の学費と生活費を賄う身にとって、周辺機器と合わせて40万円はバカにならない額だった。周囲から借金までして手に入れたマックは、洋服のデザインはもちろん、その後の在日中国人向け新聞作りでも活躍してくれた思い出のパソコンだ。

 今になって思えば、私がマックを買った頃、ジョブズはアップルを追放されていた。彼がわがままだったからとか、こだわりが強過ぎたせいなどと言われているが、私に言わせればそれこそが成功するためには欠かせない資質だ。

 仕事で自分の世界に集中していれば、周囲のあれこれ言う声が聞こえなくなるのは当たり前。むしろ自分の感性や美学を信じ切れるナルシシスト、悪く言えば独裁者でなければ周りも付いて来ない。前例踏襲ではなく常に改革的、革命的であって初めて何度も成功できる──。

 まるで歌舞伎町案内人そのものだ(笑)。自分で言うのも何だが、私はジョブズと似ているところが多い。案内人としての成功に満足せず、新聞発行や作家、料理店経営と、さまざまな新しい仕事にチャレンジしてきたし、わが新宿・湖南菜館で、私はまさに独裁者として振る舞っている。おいしい料理を提供するため、冷凍食品を極力使わない食材選びから中国人コックの仕事ぶり、フロアの店員のサービスに至るまで、一切妥協はしない。

■ジョブズと同じサービス精神

 美意識もジョブズには負けない。湖南菜館は見えないところが「人に優しい」設計になっているが、私は45日間の店の工事期間中、毎日現場に張り付いてあれこれ指示を出し、何度もデザインを変えさせた、まさに設計者泣かせのオーナーだった。

 ただ、わがままでこだわりが強いのは、決して自分だけのためではない。もちろんお金が儲かればいい、という考えからでもない。心の底にあるのは、みんなのため、社会のために何かしたい、という気持ち。それがサービスに表れ、結果的に儲けにつながる──。ジョブズも同じだったはずだ。

 だから、私は同じ案内人の部下に対して「絶対にボッタクリはするな」と厳しく命じている。最近は歌舞伎町で働く在日中国人の女の子も増えている。彼女たちは日本語がうまいから、日本人の女の子のいる店で遊びたい中国人観光客にも大抵バレないのだが、だからといってそんなサービスを続けていたら、いつかは私の仕事、そして私自身が信用を失ってしまう。

 残念ながら、今の日本人も中国人も自分の儲けや目の前のカネのことばかりで、本当のサービス精神の持ち主は「非主流」になってしまった。こういった「本当のサービス精神」が失われつつある今だからこそ、ジョブズと彼が作るアップル製品が全世界で支持されたはずだ。

 ニューズウィークによれば、ジョブズは生涯で1人の女性しか愛さなかったらしい。ジョブズと何かと共通点の多い「歌舞伎町のジョブズ」だが、そこだけは彼に学べないかもしれない(笑)。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英中銀が金利据え置き、量的引き締めペース縮小 長期

ワールド

ガザ全域で通信遮断、イスラエル軍の地上作戦拡大の兆

ワールド

トランプ氏、プーチン氏に「失望」 英首相とウクライ

ワールド

インフレ対応で経済成長を意図的に抑制、景気後退は遠
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 8
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story