コラム

ノーベル平和賞はきれいごとじゃない

2010年11月08日(月)07時00分

今週のコラムニスト:李小牧

 中国の内陸都市で相次いで起きた反日デモがやっと収まったと思ったら、今度は尖閣諸島の漁船衝突事件の映像流出と、日中関係を揺るがす大ニュースが続いている。前回に続いて今回のこのコラムも日中関係を鋭く切り取って......と期待している読者も多いと思うが今回はあえて違うテーマを選びたい。

 そのテーマとはノーベル平和賞。実はこの11月12日から14日にかけて広島市で開かれる「ノーベル平和賞受賞者世界サミット」に招待され、コラムニストとして取材することになった。今年6月にこのコラムで「胡錦濤総書記はダライ・ラマと会見してノーベル平和賞を受けるべき」と書いたらなぜか民主活動家の劉暁波が受け取ってしまい(笑)、やや複雑な思いなのだが、それでもソ連大統領だったゴルバチョフやダライ・ラマが出席するのだから、「歌舞伎町のノーベル平和賞」受賞者の私が参加しないわけにはいかない。

 みなさん覚えているだろうか。去年のノーベル平和賞の受賞者はいまやすっかり陰の薄くなったオバマ大統領だった。「核廃絶への取り組み」が受賞理由だったのに核実験をしたのがよほど恥かしいのか、オバマはサミットとほぼ同じ時期にAPECのため横浜に来るが、あれほど「熱烈歓迎」を約束した広島は訪れない。

■劉霞ノルウェー行き?の仰天情報

 オバマに代わって今回のサミットの主役になったのが、今年の受賞者である劉暁波だ。サミットの冒頭、平和賞受賞者でもあるポーランドのワレサ元大統領が「広島から劉暁波氏の即時釈放を訴える」という内容の声明文を発表することになっている。日本に育ってもらった中国人の私としては、サミットの「主役」が広島でも劉暁波でもどちらでも結構だが(笑)、1つ重要な情報をここでみなさんに提供しよう。

 12月10日にノルウェーであるノーベル平和賞の授賞式に自宅軟禁中の妻の劉霞は出られそうにない。国内にいる劉暁波の兄弟が出席するという説もあるが、中国政府はおそらく出国を許さないだろう――と日本や世界のメディアは報じている。だが私の得ている情報では必ずしもそうではない。

 劉霞がノーベル賞授賞式に出席できる可能性はゼロではない。それは、中国政府が劉暁波を必ずしも100%敵視しているわけではないからだ。中国政府にとって、最大の敵は国外に逃げた「叛徒(裏切り者)」たち。共産党が主導して民主化を進める受け皿として、むしろ話をしやすいのは国内に残った劉暁波だ。2020年に彼が出獄したあと、協力を求めることだってありえる。

 ノーベル賞授賞式に同席できる30人を決めることができるのは劉暁波と劉霞だけだが、その30人のリストに劉暁波の兄弟たちは入っていない。それは、劉暁波の経歴と関係している。彼は実は離婚経験者で、兄弟たちは前の妻のことを今でも好ましく思っている。つまり今の妻である劉霞との関係は必ずしもよくない。だから、劉霞が彼らの授賞式出席を認めることはありえない。
 
■ノーベル平和賞にうごめく「思惑」

「ノーベル平和賞」とか「人権」とか「民主化」と言うと言葉の上ではきれいだが、その裏ではさまざまな人間の政治的な思いが渦巻いている。聞くところによると、オバマはAPECでの訪日中、神奈川県内のある都市を訪れる予定だという。そんな時間があるのなら、日帰りでいいから広島に来てもう一度核廃絶をアピールすればいい。そうしないのは、オバマが「平和」や「核の廃絶」を政治的に利用している何よりの証拠である。

 それが悪いと言っているのではない。たまたまこのノーベル賞サミットでは、関係するあらゆる人たちのあらゆる「政治的な思惑」を客観的に見ることができた。歌舞伎町で22年間ありとあらゆる「政治的な思惑」と付き合って来た私に言わせれば、それは人間にとって一種の本能のようなもの。セックスほど気持ちよくはないが、決してなくすことはできない。

 先週末、私は早稲田大学の学園祭で学生を前に講演する機会をもらった。呼んでくれたのは「人物研究会」というサークル。これ以上研究するのに最適な人物もいないと思うが(笑)、長時間学生に話したなかで一番学生に伝えたかったのがこのことだ。表の世界には必ず裏があるが、人間は裏の世界と付き合わずにはいられない――。

 私は以前、あまり裏の世界と深く付き合いすぎて彼らに監禁されたことがある。もちろん、「監禁歴」では大先輩の劉暁波にはかなわないが(笑)。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

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・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

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