コラム

日本を滅ぼすのは外人じゃない

2010年05月10日(月)11時00分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

 現代社会において、移民ほど重要な問題はない。最近、私はそのことを改めて痛感した。

 ある夕食会で、フランス人の客人2人が日本経済について激論を交わし始めた。在京14年のエコノミストは、日本には若い世代が少ないため「日本が将来生き残るには移民を受け入れるしかない」と主張した。すると、日本で24年間銀行員として働いた経験のあるもう1人が、にべもなく言い返した。「だが、ヨーロッパの将来にとって最大の問題も移民だ」

 グローバル化は、すべての文化的、人種的、地政学的な壁を取り払ってくれると思われた。200年前のフランス革命が掲げた夢、つまりすべての人間が共通のルールの下で暮らす時代がようやく到来した、と。

 世界の国々は、異なる文化や人種の人々が互いに高め合いながら平和に暮らすカリフォルニア州のようになるだろう。そうなれば、「世界規模の移住傾向」にはばかることなく抵抗している唯一の先進国である日本も、国を開放せざる得なくなる――そんな見方もあった。

 だが、その考えは間違っていた。将来は国境がより高くなるだろう。今や世界はグローバル化ではなく、アトム化(細分化)へと向かっている。人々は最も小さな単位に閉じこもりたがっているようだ。EU(欧州連合)では市場の統合が進む一方、人々はばらばらになっている。スペインやイタリアでは、分離独立派が国家の統一を揺るがしている。

■フランス流か、アメリカ流か

 フランスでは、貧しい移民政策が少数民族をスラム街へ追いやり、犯罪や社会不安を引き起こす要因となってきた。一部の地域では中央政府に対する憎悪が、看護師や消防士への攻撃という形で現れている。公共サービスを提供する者への攻撃を黙認するような社会を社会と呼べるのか。

 それに比べて、統一感のある日本社会はとても安心感がある。だが、今の生活水準を保つためには若年層が必要だ。その若年層を移民で補いながら、調和を維持するためにはどうすればいいか。

「統合政策」にその解決策があるというのが私の考えだ。移民の受け入れ条件を具体的に示すことで、どうやって「日本人になる」のかをはっきり示すことができる。

 移民政策には、フランス流とアメリカ流の2種類がある。日本はそのどちらかを選ばなければならない。

 移民を社会に取り込むのがフランス流の「統合政策」だ。ただしフランスの国籍を取るなら、フランス人にならなければならない。フランスの移民受け入れが始まったのは1870年代と早かったが、現在は公の場で自分の信仰に関わる特徴を示すことが禁じられている。

 たとえば学校では、イスラム教徒の女性用ベール「ブルカ」は着用できない。ユダヤ人やキリスト教徒用の食事もない。フランスの大学には「積極的差別是正措置」はない。1981年までは、フランス人になるには名前もフランス風に変えなければならなかった。これは外国人にも(イタリア出身のルイージはルイに)、自国民にも(少数言語ブルターニュ語の名前はダメ)適用された。

 一方アメリカでは、インド人コミュニティーの隣に中国人コミュニティーがあるなどさまざまなコミュニティーが共存しているが、決して交じり合ってはいない。

■亀井静香のあきれた発言

 現在の日本のやり方はアメリカ流に近いが、その方式を選択したというより、移民受け入れの明確な方針がなかっただけだ。均質な日本社会は、1870年代~1981年までフランスが採用していた統合政策に学ぶことができると思う。その間、フランスは多くの移民を受け入れてきた。

 日本の社会に入るための明確な基準があれば、帰来の日本人と「新しい日本人」は、痛みを伴わずに交じり合うことができるのではないだろうか。しかし基準がなければ、外国人は疎外されたまま、高齢化が進むばかりだ。

 日本が移民に門戸を開いて社会と融合させることが私の夢だが、それが実現しないということもまた確信している。外国人看護師の受け入れ計画がいい例だ。医療スタッフの不足は、日本国民にとってまさに生死のかかった重要な問題。きちんとした受け入れ計画があれば、彼らは日本に感謝して働き続けるだろう。

 しかし彼らは日本語で看護士の国家試験を受けなければならず、今年の合格者はわずか3人だった。外国人を信頼しない制度によって高齢者の世話をする人は不足し、大勢の外国人学生たちは日本に対する苦々しい思いを抱いて帰国することになる。

 私が理想とする統合政策を推進できるのは、勇気ある政治家たちだけだ。移民受け入れに対する国民の恐怖を軽減することができるのは、彼らしかいない。

 だが日本の政治家は、移民問題に真摯に向き合っていない。率直な議論がないために、日本は移民を負担に感じている。それなのに議論をするどころか、外国人を非難して票集めをする政治家もいる。

 地方選挙で永住外国人に参政権を与える問題について、亀井静香金融・郵政改革担当相は先頃「外国人参政権付与は日本を滅ぼす」と発言した。実は亀井は移民労働者に門戸を開くことには前向きで、彼らには日本社会に「同化」するよう求めている。その亀井が、外国人に選挙権を与えるのは危険だと警告しているのだ。

 だがわずか3年前、元ペルー大統領のアルベルト・フジモリを日本の国会議員に立候補させようとしたのも亀井だ。フジモリがどれだけ日本の要素を持っているというのか。トム・クルーズより日本語が下手だし、自国では虐殺を指揮した殺人者と見なされている。日本で暮らしたのはわずか2年(私の7分の1だ)。

 それなのに亀井氏は、フジモリは選挙権を与えられるどころか、国会議員に選出されるべきだと言うのだ。

 日本を滅ぼすのは、地方選挙で投票する外国人ではない。移民問題に向き合わない、無能な日本人の政治家たちだ。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

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