コラム

「トヨタドラマ」の日米格差

2010年03月02日(火)14時21分

 

クライマックス 公聴会に出席後、全米のトヨタの販売店関係者らを前に涙ぐむ豊田社長
(2月24日、ワシントン)
Hyungwon Kang-Reuters
 

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

 ここ数年、日本人はアメリカのテレビドラマに夢中だった。『24-TWENTY FOUR-』『CSI:科学捜査班』『LOST』、最近では『FRINGE フリンジ』が人気だ。しかし今年注目のドラマと言えば、何といっても『ミスター・トヨタ、ワシントンへ行く』だろう。間もなくTSUTAYA(ツタヤ)の新作コーナーにお目見えするはずだ。

『ミスター・トヨタ』のストーリーは単純かつドラマチック。グローバルな自動車メーカーが最大のピンチに陥った。同社の車が招いた事故による死者が10年で30人を超えたとされるなか、社長は信用を取り戻すため米議会に乗り込んでいく。彼はこの危機をどう乗り越えるのか。

 この新しいドラマは『ローマの休日』に似ている。オードリー・ヘプバーン演じる若き王女アンがローマでひと時の甘い生活を楽しむ、あのクラシック映画だ。2つとも基本的な筋書きは同じ。映画の世界ではお馴染みの設定でもある。主人公を慣れない環境に放り出し、文化のギャップにどう対処するかを観察するというものだ。

 アン王女と同じように、創業者一族出身の豊田章男社長も「王子」のようなもの。言葉が分からない国で奮闘する点も共通している。だがこれまでのところ、豊田社長よりもアンの適応力の方が上だと言えるかもしれない。少なくとも、アンが乗るスクーターはちゃんと走っていた。もちろん『ローマの休日』はロマンスで、『ミスター・トヨタ』は法廷ドラマとホラー映画(特に豊田社長にとっては)の中間、という違いはあるが。

■豊田章男と酒井法子の奇妙な共通点

 一方で、『ミスター・トヨタ』には他のドラマと大きく違う点がある。それはアメリカ版と日本版という、2つのバージョンがあるということだ。

 アメリカ版はかなり古典的。主人公の豊田章男は初めから犯人の設定で、自分の無罪を証明しなければならない。言うこと為すことすべてが、彼にとって不利な形で返ってくる。リコールを発表すればするほど、信用は落ちていく。この原稿を書いている段階では、豊田社長のアメリカでの人気はウサマ・ビンラディン並み。昨年ゼネラル・モーターズ(GM)が破綻したときにはトヨタを模範企業として絶賛していた米メディアの豹変振りは、実に面白い。例えて言うなら、日本のメディアが酒井法子たたきに転じたときのようだ。

 アメリカ版に比べて日本版は退屈だが、ヒネリは効いている。日本版では、トヨタに問題はないとされる。まったく同じ車に対し、アメリカ版では電子制御システムに対して厳しい疑惑の目が向けられるが、日本版ではそうはならない。この点で日本版のストーリーは面白味に欠けるが、実はこちらのバージョンでは車の欠陥それ自体がほとんど無関係。なぜなら日本版は、「アメリカ版についてのドラマ」だからだ。

■フランス人として中立な立場で観ると

 日本版のドラマは問題の真実に迫るのではなく、アメリカのメディアがどう伝えているかということに焦点を当てる。トヨタ車の信頼性、リコールに関する日米の訴訟制度と条件の違い、両国の消費者の立場はそれほど重要ではない。最大のポイントは、豊田社長がアメリカのメディアによる攻撃をいかに逃げ切るか、だ。

 日本版とアメリカ版では、編集の仕方も違う。例えば、豊田社長がアメリカで販売店のディーラーたちを前に涙ぐむシーンは日本版では最大のハイライトだが、アメリカ版ではあまり重視されていない。

 結局のところ、私たち視聴者はそれでも通常通り自動車を運転し、次週のドラマを楽しみにする。次週以降も驚くべき展開が待ち構えているはずだ。スペシャルゲストの登場も期待できる。プリウスのCMに出ていたレオナルド・ディカプリオがゲスト出演したり、タイガー・ウッズがカローラの中で浮気していたと告白すれば、さらに盛り上がるだろう。

 さて、ヒーローは生き延びられるのか? シーズン2はあるのか? ただ1つ確かなのは、主人公の豊田章男はこのドラマをさっさと終わりにしたいと思っているということだ。

 フランス人として中立な視聴者である私にとって、トヨタをめぐるドラマは、グローバル化は世界をより均一にするのではなく、違いをより際立たせるということを再認識させるものだった。アメリカと日本のドラマに共通点があるとすれば、どちらもワイドショー化しているということだ。観れば観るほど、真実は分からなくなる。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米新規失業保険申請、4.4万件増の23.6万件 季

ビジネス

中国経済運営は積極財政維持、中央経済工作会議 国内

ビジネス

スイス中銀、ゼロ金利を維持 米関税引き下げで経済見

ビジネス

EU理事会と欧州議会、外国直接投資の審査規則で暫定
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキャリアアップの道
  • 2
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア空軍の専門家。NATO軍のプロフェッショナルな対応と大違い
  • 3
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれなかった「ビートルズ」のメンバーは?
  • 4
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 5
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 6
    「何これ」「気持ち悪い」ソファの下で繁殖する「謎…
  • 7
    受け入れ難い和平案、迫られる軍備拡張──ウクライナ…
  • 8
    ピットブルが乳児を襲う現場を警官が目撃...犠牲にな…
  • 9
    「安全装置は全て破壊されていた...」監視役を失った…
  • 10
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 10
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story