コラム

楽天はタブレット端末でアマゾンと勝負せよ

2012年08月23日(木)15時15分

 電子書籍リーダーと書店と出版社が一体となった本格的な電子書籍時代が日本にもようやく訪れたようで、よかったと思っていた。日本には本好きが多い。好きな本を電子書籍で買えるようになれば、こんなにいいことはない。狭い家で本の置き場所に困ることもなくなる。

 ところが、鳴りもの入りでデビューした楽天の電子書籍リーダーkobo(コボ)は、いきなりコケてしまったとのこと。システム上の不具合、タイトルの少なさ、分類の乱雑さ、時にエロ本がトップページに出現してしまうアクシデントなど、散々だったと聞く。

 それはそれで困ったことだが、私がもっと不思議に思っているのは、「なぜこの時期に電子ペーパー端末をを投入するのか」という点だ。なぜ、タブレット端末にしなかったのか。

 各社が開発にしのぎを削っているアメリカの電子書籍業界では、電子インクを使う電子書籍専用リーダーはすでに「過去のもの」扱いになっている。アマゾンがキンドル第一号を発売したのは、もう5年前の2007年。それから3世代ほどは電子書籍リーダー型のキンドルを出し続けたが、2011年秋には自社開発のタブレット型多機能端末、キンドル・ファイアを発売している。

 その間、2010年春にはアップルがiPadを発売。それ以外にも、サムソンをはじめとするメーカーが大小のタブレットを出してきた。今はタブレット自体が、何世代も更新されている最中だ。

 その過程で、アメリカの電子書籍読者は、「もうこれからはタブレットで本を読むのだな」という意識をますます強めてきた。当初は、液晶スクリーンが目に悪いとか、バッテリーの持ちが悪いなどのマイナス要素がしきりに強調された。だが背に腹は替えられない。タブレットならメールもできる、ウェブ閲覧もできる、場合によってはパソコンの代わりにもなる、そして読書もできる。つまり1つで何でもできるという点で、今ははっきりと、電子書籍端末もタブレットに集約される方向に動いているのだ。

 インターネットと人々の生活実態を調査するピュー・インターネット&アメリカン・ライフ・プロジェクト(ピュー・リサーチセンター)によると、昨年末の時点で、電子書籍の読者の利用端末は以下のようになる(複数回答):
 
・コンピュータ 42%
・キンドルやヌックなどの電子書籍リーダー 41%
・スマートフォンや携帯電話 29%
・タブレット 23%

 まだまだ電子書籍リーダーの利用者も多いではないかと思われるだろうが、調査会社のパシフィック・クレストが今年の第2四半期に行った「これから買いたい機器」調査によると、キンドルの電子書籍リーダーを買いたいと思っている人は、タッチモデルでも前期の10%から5%に減っているという。キンドル・ファイアすら4.9%から4.5%に減っていて、人々はもっと汎用性のあるハイスペックのタブレットを欲しているのだという(キンドルファイアでは、アンドロイドOSにアマゾンが独自の改訂を加えている)。

 時代は明らかにタブレットに向かっている。折しも今夏には、グーグルが200ドルを切る価格で強力なタブレットを発売し、競争に拍車をかけた。

 そういうわけなので、待ちに待った楽天の電子書籍デビューの端末が古風な電子書籍リーダーだったのは、何とも腑に落ちない。こう言っては何だが、カラーテレビの時代にモノクロテレビが配られてきたようなものだ。せめて複数の機種を出してくれればよかったのにと思う。今は楽天の子会社になったカナダのKobo社は、キンドル・ファイアに似たカラー液晶のタブレット型端末も海外向けに販売している。日本でもこのモデルを一緒に発売すれば、ユーザーの選択肢とイマジネーションはもっと広がっただろう。

 モノクロの電子書籍リーダーは安いので、とっつきやすくするという目的もあったと思われるが、それでは戦略として消極的過ぎる。ターゲットは引退した高齢者なのか、と一瞬考えてしまったほどだ。そもそも、タブレットの価格はどんどん下落してモノクロの電子書籍リーダーとの差は縮小している。

 こうなったら、楽天にはいろいろやってもらいたいことがある。様々なKoboモデルを発売することがひとつ。日本語対応のKoboアプリを配布すれば他社製のタブレットやスマートフォンで読めるようにもできるし、何なら自社製格安タブレット開発というのもありかもしれない。

 近日中に日本でキンドルを発売するアマゾンは、そうしたことをすべてやって電子書籍時代に賭けているのだ。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結

ワールド

英、中東に戦闘機を移動 地域の安全保障支援へ=スタ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 2
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 3
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されずに「信頼できない人」を見抜く方法
  • 4
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 5
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 6
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 7
    逃げて!背後に写り込む「捕食者の目」...可愛いウサ…
  • 8
    「結婚は人生の終着点」...欧米にも広がる非婚化の波…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 7
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story