コラム

パリとシリアとイラクとベイルートの死者を悼む

2015年11月16日(月)20時25分

 シリア内戦の悲惨さ、アサド政権の非道を、メディアを通じて積極的に報道してきたのは、西欧諸国である。2011年3月、アサド政権に反政府派が反旗を翻したとき、これを露骨に支援して反アサド行動を扇動してきたのは、西欧諸国だ。イギリスやフランスから「イスラーム国」に合流しようとした若者に、その動機を聞くと、多くが「シリアでアサド政権の弾圧に苦しむ人々のために、なんとかしたい」と答えている。

 「イスラーム国」には誰もが頭を痛めている。なんとかしなければと、思っている。だが「イスラーム国」の「テロ」にあうと欧米諸国はいずれも、自分たちの国(と先進国の仲間)だけを守ることが「イスラーム国=テロとの戦い」だと線を引いてしまい、他の被害にあっている国や社会との連帯の声は、聞こえない。自国の利益を追求するのに、「テロとの戦い」という錦の御旗を利用しているだけだ。

 そして「テロとの戦い」と主張してやっていることは、ただ攻撃と破壊だけである。攻撃のあとにどういう未来を、平和を約束するのかへの言及は、ない。反対に、同じ被害者である難民を拒否し、「テロ」予備軍とみなす。

 「テロとの戦いで国際社会は一致する」というならば、その被害者すべてに対して、共鳴と連帯の手を差し伸べるべきではないのか。そうじゃなくとも、まずシリアやイラクやレバノンで紛争の被害にあっている人たちに対して、「被害者だ」とみなすことが大事ではないのか。もっといえば、自分たちの国の決定によって「被害者」になる人たちがいることに、目をつぶらないでいる必要があるのではないのか。

 少し前まで私たちと同じように、普通に学生生活を送り、家族や友人と外食を楽しんでいた、「生きること」を楽しんでいた人々を、どうか国際社会が「被害者」から「テロ予備軍」に追いやってしまいませんように。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

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