コラム

ベトナム戦争は勝てる戦争だったのか

2009年12月16日(水)10時00分

 アフガニスタンで苦戦する米軍。この様子は、よくベトナム戦争にたとえられます。アメリカ人の多くが詳しく知らない外国の地に、「正義の戦い」のつもりで出て行った米軍が、現地住民の敵意の海に溺れて苦戦する様子が、まるで相似形だというわけです。

 米軍はベトナムで戦争に勝つことができずに撤退しました。米軍撤退後、南ベトナム政府は崩壊。南ベトナムは、北ベトナムによって統一されました。

 では、ベトナムで、米軍が勝つチャンスはなかったのか。本誌日本版11月25日号は、この問題を特集しています。ベトナムで勝てたなら、アフガニスタンでも勝てるチャンスがある、という問題意識です。

 米軍は、フランス軍が勝てなかったベトナムに、そもそも手を出すべきではなかったし、誰が敵で誰が見方か判別できないゲリラ戦に正規軍は太刀打ちできなかった、というのが一般的な理解です。

 しかし、これに対しては異論もあることを、この特集は取り上げています。「もし米議会が南ベトナムへの軍事援助を認めていれば、アメリカはベトナム戦争に勝てたかもしれない」という主張です。

 この主張を受けて、記者は、こう書きます。

「ことによるとベトナムから学ぶべき最も意外な教訓は、やり方次第では勝てるという点かもしれない」「もし大統領が中途半端な戦争や安上がりな戦争で済ませようという誘惑に負けなければ、勝利は可能だ」と。

 とはいえ、この記事自体は、「ベトナム戦争は勝つことができた戦争だから、その教訓に学んでアフガニスタンで勝利を勝ち取れ」という単純化された話にはなっていません。現地司令官から「もっと援軍を」と懇願されたとき、最高司令官であるオバマ大統領は、どのような行動をとるべきなのか。この点に焦点をあてた論考です。

 ただし、この特集記事は、いささか軍事面での分析に偏り過ぎたきらいがあるように私には見えます。当時の南ベトナム政府が、どれだけ腐敗し、国民の支持を失っていたかについての分析が足りないのではないでしょうか。

 南ベトナムの住民たちが、こぞって北ベトナムや南ベトナム解放民族戦線を支持していたわけではありません。共産主義に対する嫌悪感を持つ住民も多かったのです。しかし、南ベトナム政府があまりに腐敗していたので、南ベトナムの体制を死守しようという国民や兵士は決して多くはなく、それが結局は敗北につながりました。

 いまのアフガニスタン政府も、腐敗が進んでいます。カルザイ大統領の弟ですら麻薬取引に手を染めて巨額の富を蓄えていると指摘されているような状態では、政府のために命をかける住民は、決して多くはないでしょう。まして米軍兵士は異教徒。やがて去っていく異教徒と協力して、同じイスラム教徒のタリバンと命をかけて戦う住民が、どれほどいるのか。

 他国での戦いは、単に軍事力で分析できるものではないのです。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

トムソン・ロイター、第1四半期は予想上回る増収 A

ワールド

韓国、在外公館のテロ警戒レベル引き上げ 北朝鮮が攻

ビジネス

香港GDP、第1四半期は+2.7% 金融引き締め長

ビジネス

豪2位の年金基金、発電用石炭投資を縮小へ ネットゼ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 8

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 9

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story