コラム

元気な中国、元気のない日本

2009年05月28日(木)18時24分

 中国経済が元気だ。上海総合指数は年初から5割近く上がり、昨年6月ごろの水準に戻った。かつて「先進国と新興国は別の経済なので、欧米の成長が鈍化しても新興国はあまり影響を受けない」という「デカップリング論」があったが、今回の世界不況で誤りだったとされた。しかしここにきて、特に中国が力強い立ち直りをみせており、「やはりデカップリングは正しかった」といわれはじめた。

 他方、日経平均株価はようやく年初の水準に戻した程度。「中国は大型の公共事業で景気回復したので、もっと財政出動すべきだ」という意見もあるが、これは間違いである。たとえば中国の下水道普及率は20%以下といわれており、日本並みの80%に引き上げるだけでも、広い国土では莫大な公共投資が必要になる。日本でも1960年代までは、公共投資の社会的な収益率は企業より高いといわれていた。

 しかし現在の日本では、財政支出の乗数効果(国民所得への波及効果の倍率)は1以下だともいわれている。この原因は、いわゆるハコモノが全国に行き渡ってしまい、新しい投資をしても民間の経済活動を刺激する効果がないからだ。今回の補正予算でも中小企業の資金繰り支援や雇用対策などがメインで、46の基金に使途不明の4兆3000億円を拠出するなど、13兆9000億円もの巨額の予算を持て余しているようにみえる。

 政府が民間を引っ張る「開発主義」とよばれる政策は、途上国のようにインフラが不足し、投資の目標がわかりやすい経済では有効だが、日本のように社会資本が整備され、今後の方向がはっきりしない先進国では、無駄づかいに終わりやすい。ここでは政府ではなく、民間企業が自分のリスクでイノベーションを実現するしかない。そのために必要なのは、既存の企業の資金繰りを助けることではなく、新しい企業の参入を妨げている規制を撤廃することだ。

 世界経済は、成熟した先進国と成長する新興国の二つにデカップルされており、それぞれでとるべき政策はまったく違う。日本は30年以上前に「新興国」を卒業したのに、いまだに中国やインドと同じように政府が民間をリードする開発主義の発想が抜けない。それが日本の元気をなくしている最大の原因なのである。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ米大統領、パウエルFRB議長の解任に再び言

ワールド

イランとイスラエル、再び互いを攻撃 米との対話不透

ワールド

米が防衛費3.5%要求、日本は2プラス2会合見送り

ビジネス

焦点:米で重要鉱物、オクラホマが拠点に 中国依存脱
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「過剰な20万トン」でコメの値段はこう変わる
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    全ての生物は「光」を放っていることが判明...死ねば…
  • 6
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 7
    「巨大キノコ雲」が空を覆う瞬間...レウォトビ火山の…
  • 8
    マスクが「時代遅れ」と呼んだ有人戦闘機F-35は、イ…
  • 9
    イギリスを悩ます「安楽死」法の重さ
  • 10
    「まさかの敗北」ロシアの消耗とプーチンの誤算...プ…
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 7
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 10
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 5
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 6
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story