コラム

Web3は大きな富を生み、その果実は広く分散されるようになる。その代償とは

2022年08月22日(月)13時35分

もし地球上のほとんどすべての人が研究に協力し、食事、運動、労働環境、ライフスタイル、DNAデータなど、発癌に関連するすべての要因のデータを提供するようになればどうだろう。そのうちのだれが癌になったかというデータと照合すれば、AI が発癌パターンを認識し、癌研究が一気に進むはずだ。どういう遺伝子を持った人は、どのようなライフスタイルにすれば癌の発症を防げるのかがより正確に分かり、癌患者の数が激減するに違いない。

癌だけではない。痴呆や鬱病、幸福感など、地球上のほとんどすべての人のデータを集めてAI で解析できるようになれば、人類は多くの苦しみから解放されて、より豊かで幸福な人生を送ることができるようになるに違いない。

こうした成功事例が増えてくれば、社会的意義を感じて個人データを積極的に提供する人が増えてくるのではないだろうか。

セキュリティ、インセンティブ、社会的意義。この3つがそろえば、個人データ提供に対する人々の考え方が変化するのではないかと思っている。

ベーシックインカムは不要

個人情報をできるだけ共有したくないという状況の中で、テック大手はネット上のデータをかき集め、AIに学習させた。消極的なデータ提供であっても、巨大な富を得ることができるわけだ。これからもし一般ユーザーが積極的にデータを提供するようになれば、これまでと比較にならない莫大な価値を生むことになるのではないだろうか。

yukawa20220822114903.png

AIとロボットが進化し、人間の仕事を奪うようになる、という予測がある。仕事を失った人を支援するために、国民一人一人に一定額を支給し続けるユニバーサル・ベイシック・インカムという制度を導入すべきだという議論も始まっている。その財源は、テック大手などの巨大企業からの税金になるわけだが、法人税を引き上げれば企業は税金の低い国に本社を移す可能性がある。ユニバーサル・ベーシック・インカムは、世界中の国が足並みを揃えない限り、難しいかもしれない。

しかしビタリック・ブリテン氏が言うように、個人ユーザーが金銭的報酬と引き換えにデータを積極的に提供するようになり、社会全体としてこれまでにないほどの富を作り出せるようになれば、一人一人のユーザーに対して十分な報酬を支払えるようになるかもしれない。またその金銭的報酬をいろいろなプロジェクトに投資するような仕組みにすれば、だれもが投資家になる。データ活用で生む巨額の富を、より多くのユーザー間で分配する未来。もしそうなればベーシックインカムは不要になるだろう。

価値創造のモデルが大量生産型から、AIネットワーク効果型に変わったのであれば、個人データを積極的に提供する時代に向かうことは、ほぼ間違いないように思う。

それでも、そうした未来予測に対して、異議を唱える人もいるだろう。いろいろな問題点を指摘し、そうした未来は来ないと主張する人も出てくると思う。しかしそうした問題点こそがビジネスチャンスなんだと思う。ビタリック・ブテリン氏の見る未来が、抗うことのできない大きな流れであるのであれば、大きな流れには逆らわず、流れをスムーズにさせる施策を提供した人や企業が、Web3時代の成功者になるのだと思う。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国原油輸入、4月は前年比+5.45% 大型連休控

ワールド

中国輸出、4月前年比+1.5% 輸入と共にプラス転

ビジネス

今年のプラチナは10年来で最大の供給不足=ジョンソ

ビジネス

ファーストリテ、柳井会長の株保有比率が17.19%
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必要な「プライベートジェット三昧」に非難の嵐

  • 3

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 4

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 5

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食…

  • 6

    この夏流行?新型コロナウイルスの変異ウイルス「FLi…

  • 7

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 8

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 9

    ロシア軍兵舎の不条理大量殺人、士気低下の果ての狂気

  • 10

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 8

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 9

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 10

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story