コラム

チベットの僧侶も犬も大処分、中国の文化的ジェノサイド

2017年09月30日(土)13時00分

チベット族の女性とチベタン・マスティフ(2007年、玉樹) MoreISO/iStock.

<チベット犬やモンゴル馬を中国豚が駆逐する――民族弾圧は血の殺戮から文化抹殺の段階へ>

中国は50年代初頭にチベットを侵略した際と、66~76年の文化大革命中に、チベットと内モンゴルでジェノサイド(集団虐殺)を進めた。

これらの地域を「自治区」として中国の辺境に編入してからは殺戮だけではなく、「文化的ジェノサイド」も行っていると、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世は主張する。英オックスフォード大学から2010年に出版された『ジェノサイドのハンドブック』もその事実を認めている。

ダライ・ラマをはじめ、ウイグル人のラビア・カーディル、「世界南モンゴル会議(クリルタイ)」代表のショブチョード・テムチルトといった中国から亡命した3人の民族指導者の話を元に、「文化的ジェノサイド」の実例を挙げてみよう。

チベットが侵略される50年代以前には2500カ所もの仏教寺院があったが、ダライ・ラマがインドに亡命した59年以降、70カ所を残してそのほかは全て破壊された。十数万人いた僧侶と尼僧も97%が還俗を強制され、寺院は減り続けている。

チベット自治区に隣接する四川省甘孜(カンゼ)チベット族自治州でも、中国政府は最近、世界最大の仏教学府「五明佛学院(ラルンガルゴンパ)」に共産党委員会を進駐させた。公安局と政府幹部を常駐させて、昨年7月には数千人もの尼僧を追放。共産党の直接支配下に置かれている。

また新疆ウイグル自治区では、ウイグル語の使用を制限。大学などでウイグル語を使ってウイグルの文学や歴史を講義することが禁じられている。代わりにたたき込まれる「中国4000年の歴史」は歴代王朝がいかに辺境を征服し、どのように「偉大な祖国の統一を促進した」かばかりのあからさまな漢民族中心史観だ。

13年に私が現地調査したときも、ウイグル人は商売をしようと申請しても許可は下りないのに、外来の漢民族は身分証なしに仕事に就ける、という不公平を目撃した。

北朝鮮非難に隠れた巨悪

内モンゴルもまた文革で34万人が逮捕、2万7900人が殺害され、12万人が身体的な障害を負わされた。約50人に1人が殺害され、全ての世帯から1人が強制連行された凄惨な結末だ。被害者のモンゴル人に冠された「罪」は「日本の協力者」「ソ連のスパイ」だった。

こうした現代史上の血なまぐさい殺戮と異なり、現在の文化的ジェノサイドは新たな様相を呈している。例えば、チベット原産の犬チベタン・マスティフの受難だ。体格は大きくてどう猛なこの犬は、遊牧民の家畜を守るのに長い歳月の中で育てられてきた。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アップル、7─9月売上高見通しが予想上回る 関税コ

ビジネス

完全失業率6月は2.5%で横ばい 有効求人倍率1.

ワールド

トランプ氏、対日関税15%の大統領令署名 数十カ国

ワールド

米ロ宇宙機関トップ、フロリダ州で異例の月面開発協力
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから送られてきた「悪夢の光景」に女性戦慄 「這いずり回る姿に衝撃...」
  • 4
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 5
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 6
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 7
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 8
    【クイズ】2010~20年にかけて、キリスト教徒が「多…
  • 9
    街中に濁流がなだれ込む...30人以上の死者を出した中…
  • 10
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 6
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 7
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 8
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 9
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 10
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 7
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story