コラム

テロを恐れつつ、アメリカにも距離を取る多民族国家カナダ

2015年12月17日(木)16時00分

今年4月、ハーパー政権が「反テロ法」(Bill C-51)を修正し、カナダ安全情報局(CSIS)の権限を強化したことに対する反感も大きかった Chris Wattie - REUTERS

 カナダといえば、オーストラリアと並ぶ「ミドル・パワー」の典型的な国である。カナダは南の国境で米国に面し、北の北極海をはさんでロシアと向かい合う。西は太平洋に面した長い海岸線を持っているが、しかし、歴史的に見るとカナダはずっと東向きの「大西洋国家」であった。かつては大英帝国の植民地であり、いまでも英連邦の一員であり、すべての硬貨と20カナダドル紙幣には英国の女王エリザベス二世の肖像が描かれている。

 そうはいっても、国内には英語を話す人々だけでなく、「ファースト・ネーション」と呼ばれる先住民、ケベック州にはフランス語を話すかつてのフランス植民地の人たち、そして多くの移民たちがいる。西部には日本、中国、香港、ベトナムといったアジアからの移民とその子孫たちも多い。2015年10月の総選挙によって保守党から自由党へ政権交代が行われたが、ジャスティン・トルドー新首相は、シリアからの難民も受け入れようとしている。

テロを恐れるカナダ

 2015年11月、新政権発足間もない首都オタワで13回目となる日加平和安保協力シンポジウムが開かれ、両国から政府関係者と研究者が参加した。いわゆる「トラック1.5」の対話で、政府間協議の「トラック1」、学術協議の「トラック2」の良いところを合わせて議論するという枠組みである。

 いくつかパネル討論が設定されたが、カウンター・テロリズムもその一つであった。カナダというと平和な国というイメージがあるかもしれないが、カウンター・テロリズムのセッションに参加した防衛大学校の宮坂直史教授によれば、カナダはそれなりに多くのテロに巻き込まれている。1985年のエア・インディアの爆破テロでは、亡くなった乗客・乗員329人のうち280人がカナダ人であり、カナダ人には忘れられない事件である。2014年10月には、イスラム教に改宗した男がオタワの国会議事堂近くで衛兵1人を射殺した後、議事堂内に乱入し、そこで射殺されるという事件が起きた。

 トルドー首相は、暴力によって問題は解決されないとして、イスラム国空爆の有志連合からの撤退を公約として当選し、公約実現のための対応を進めている。

 同じくカウンター・テロリズムのセッションには、カナダ政府の内閣で国家安全保障・インテリジェンスを担当していた元次官補が登壇した。彼女は、プライバシーなどの人権と安全のバランスをどうやってとるかは、非常に難しい判断を求められる、と苦しい胸の内を示した。

 例えば、80人のカナダ人がイスラム国のトレーニングを受けて帰国したことが分かっているという。彼らはまだ何も犯罪行為を犯していない。しかし、現下の情勢では、何らかの形で彼らを監視しないわけにはいかないだろう。彼らがフランスのパリのようなテロ行為を計画し、首都オタワ、商業都市のトロントやモントリオールでテロを実行したら大失態になる。

 カナダには通信安全保障局(CSE)というSIGINT機関が存在する。カナダは、米国、英国、オーストラリア、ニュージーランドとともにいわゆる「ファイブ・アイズ」を形成する国である。ファイブ・アイズは冷戦中のBRUSA協定、それを引き継いだUKUSA協定に基づくSIGINT活動のための協力枠組みである。

 CSEは、カナダに対するテロを防ぐために通信の監視を行っており、2013年のエドワード・スノーデンによる米国の機密暴露では、米国の国家安全保障局(NSA)や英国の政府通信本部(GCHQ)のようなスキャンダルに見舞われることはなかった。しかし、オーストラリアの通信電子局(ASD)、ニュージーランドの政府通信保安局(GCSB)とともに、カナダのCSEも同様のインテリジェンス活動を行っていると見られている。

 移民による多民族国家であるカナダでは、一方では、混迷するヨーロッパ諸国と同じ状況になることを恐れ、インテリジェンス活動の強化を求める声がある。他方では、多様性の中の一体性を追求してきた国是を忘れるべきではないという声も根強い。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

世界のEV販売、1月は前年比3%減 米中が重し

ワールド

EXCLUSIVE-EU、合併規則を20年ぶり見直

ビジネス

バーレ、第4四半期は純損失拡大 コア利益は予想上回

ビジネス

米ナイキ傘下のコンバース、組織体制見直し・人員削減
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:習近平独裁の未来
特集:習近平独裁の未来
2026年2月17日号(2/10発売)

軍ナンバー2の粛清は強権体制の揺らぎか、「スマート独裁」の強化の始まりか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    50歳には「まったく見えない」...信じられないレベルの「若見え」な女性の写真にSNS震撼
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    がんは何を食べて生き延びるのか?...「ブドウ糖」の…
  • 5
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 6
    あなたの隣に「軍事用ヒト型ロボット」が来る日
  • 7
    「ショックすぎる...」眉毛サロンで「衝撃的な大失敗…
  • 8
    【独自取材】「氷上のシルクロード」を目指す中国、…
  • 9
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 10
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた実験室」に...抗生物質の「不都合」な真実とは
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 5
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予…
  • 6
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...…
  • 7
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 8
    がんは何を食べて生き延びるのか?...「ブドウ糖」の…
  • 9
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日…
  • 10
    【銘柄】「ソニーグループ」の株価が上がらない...業…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 7
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 8
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 9
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story