コラム

トランプの宇宙政策大統領令と国際宇宙探査フォーラム

2018年03月06日(火)15時30分

存在意義が問われたISEF2

トランプ政権が熱心ではなく、SpaceXの方がより魅力的な探査計画を打ち出し、中国への対抗というニュアンスも乏しいアメリカの「月に戻る」という方針は、それでもISEF2の基調となっていた。ISEFは元々欧州主導の宇宙開発国による宇宙探査に関する方向性をまとめるという枠組みから始まったが、欧州、とりわけドイツはISSを維持し、その運用期間を2020年から2024年に延長することを目的としていた。

ドイツでは微重力環境での研究が盛んであり、1970年代からスペースシャトルに搭載する宇宙実験室を建設したり、ISSの欧州モジュールであるコロンバスの開発をリードしてきたという経緯がある。そんな中でスペースシャトルが退役し、ISSの運用も終了するとなると、ドイツを中心に欧州の科学者は微重力環境での研究機会が奪われるため、なんとかISSを延長し、さらには中国が進めている宇宙実験室や宇宙ステーション建設にも協力しようとしていた。

こうした欧州主導の有人宇宙事業、とりわけISSの延長の問題を引き取ったのがオバマ政権である。2014年にISEFの第一回目をワシントンDCで開催し、ISSの延長を2024年までに引き延ばす合意を得ることができた。オバマ政権はスペースシャトルを退役させたことでSLSとオライオンを開発していたが、これらは宇宙業界の雇用を維持することが主たる目的にあり(決して公的には認めていないが、スペースシャトル退役でもっとも仕事を失う地域となったアラバマ州でSLSの開発が進められているのは、まさにこうした目的があるからである)、いわゆる「公共事業としての宇宙開発」を進めてきた。

そのため、SLSの開発までの期間は更なる失業者を生み出すISSの運用停止をするわけにはいかず、また、民間企業による有人宇宙輸送が可能になるまでの時間稼ぎも必要であった。そのため、アメリカが主導する形でISSの運用を2024年まで伸ばすこととなった。

日本にとってもISSの延長は積極的に賛成出来る案であった。2008年に成立した宇宙基本法により、文科省とJAXAは宇宙政策の中心的な立場から、研究開発に限定された立場へと追いやられ、準天頂衛星などに代表される事業に予算が奪われていく状態になっていたため、ISSの運用が停止することになると、さらに文科省経由でJAXAが受け取る予算が削減されることになる。そうなると、これまで築き上げてきた有人宇宙事業の実績や宇宙飛行士の処遇、さらには国民向けに受けの良い有人宇宙事業という看板を維持するという意味でも、ISSの運用延長はありがたいものであった。

そんな中で、文科省とJAXAは有人宇宙事業を積極的に推進し、長期的な有人宇宙探査のロードマップを構築することで、国際的なコミットメントを錦の御旗にして有人宇宙事業を継続していくことを推進することを意図していた。そのため、第二回のISEFを日本が主催し、そうした流れを作り出そうとしていたと思われる。しかし、トランプ政権になり、NASAの長官も決まらないまま、中途半端な「月に戻る」という方針が出されたことで、シナリオは大きく変わらざるを得なかった。

元々のアイディアであったISSの運用を2024年から2028年に延長することを目指すのではなく、アメリカが進める有人月探査の理念をベースに国際協調を進めていくということが目標となった。さらには、第一回のISEFよりも多くの国を集め、新たなロードマップが国際的に承認されたものであるというニュアンスを強めることも進められた。

しかし、トランプ政権の「月に戻る」というプランは極めて抽象的なものでとどまっており、具体化することが困難であった。そこでNASAが提唱している月周回軌道に宇宙ステーションを建設し、火星に向かう基地とするDeep Space Gatewayというプランを軸に、そこから月面探査も火星探査も可能にするハブとする方向性が打ち出された。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米との鉱物協定「真に対等」、ウクライナ早期批准=ゼ

ワールド

インド外相「カシミール襲撃犯に裁きを」、米国務長官

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官を国連大使に指名

ビジネス

米ISM製造業景気指数、4月48.7 関税の影響で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story