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貿易戦争

トランプの政策と不気味なほど似ている歴史的「悪法」...破滅をもたらした愚行は繰り返されるのか

FORGETTING THE 1930’s

2025年5月22日(木)16時40分
デニズ・トルジュ(スペインIE大学非常勤教授)
1931年のシカゴで炊き出しに群がる失業者たち。関税政策は大恐慌をさらに悪化させた

1931年のシカゴで炊き出しに群がる失業者たち。関税政策は大恐慌をさらに悪化させた WIKIMEDIA COMMONS

<世界各国で行われた関税や保護主義政策は経済に悪影響をもたらす愚行だったと歴史は語っている。トランプ関税もその愚行の仲間入りを果たすかも>

想像してほしい。1932年のある朝、アメリカのどこかの町で目覚める。食堂でコーヒーを注文したあなたは、値段が去年の2倍になっているのに気付く。

原因はコーヒー豆の不足ではない。貿易障壁がコロンビア産コーヒー豆の輸入価格を跳ね上げたのだ。砂糖や紅茶も同様で、平凡な日用品があっという間に贅沢品と化した。


物価高騰の引き金は、経済史上最も有害な政策の1つとされるスムート・ホーリー法だった。29年に起きた株の大暴落と大恐慌を受け、農業の保護を目的にリード・スムート上院議員とウィリス・ホーリー下院議員が提唱、30年6月に成立した。

だが業界団体の圧力で法律はたちまち拡大され、工業製品を含む2万以上の品目に関税が適用された。関税率は平均40%ほどで、一部の品目に関しては100%に達した。

カナダや欧州各国が厳しい報復関税で対抗したため、スムート・ホーリー法はアメリカ経済を救うどころか国際貿易の破綻を招いた。連鎖反応により国際協力は衰退、アメリカの輸出は29〜33年に61%減少し、世界貿易の規模は60%以上縮小した。大恐慌はさらに悪化し、30年代を通じて地政学的緊張も高まった。

大恐慌後に起きた自由貿易の後退

急激なインフレ、大量の雇用喪失、生活水準の低下は保護主義の失敗を如実に表していた。世界貿易の縮小は主要産業を損ない、輸出に経済成長を頼る国々の経済を揺るがした。通貨は切り下げられ、財政赤字は膨らみ、金融体制が次々と崩壊した。

その結果、30年代は経済危機の時代にとどまらず、誤った政治判断と貿易政策が国際体制を激変させた時代となった。だがドナルド・トランプ米大統領の関税政策が示すように、各国の指導者は今も世界経済の安定よりも目先のポピュリズム政策を優先し、歴史の教訓に目をつぶる。

第2次大戦後はWTO(世界貿易機関)やOECD(経済協力開発機構)の主導で貿易自由化が進み、世界は教訓を学んだかにみえた。しかし第2次トランプ政権の政策は、不気味なほど30年代の悪法に重なる。

産業は孤立し失業者が激増

関税が経済保護の手段としてあまり有効でないことは、歴史が証明している。現在サプライチェーンは世界に張り巡らされ、製品は消費者の手元に届くまでにいくつも国境を越える。高関税は生産コストを上げ、消費者と企業の両方を苦しめる。関税を課す国もダメージを免れない。

保護主義の弊害を知っているのはアメリカだけではない。アルゼンチンは30年代から数十年間、輸入制限と関税を中心とする輸入代替工業化政策を取った。最初こそ政策は産業の発展を促したが、やがて競争力の低下とインフレをもたらした。

80年代のブラジルは関税で特定の産業を保護したが、製品品質は低下して技術革新は阻害された。インドは91年の経済改革まで、輸入品に世界有数の高関税を課していた。国際貿易への統合が進まず、成長が遅れたのはそのためだ。このように保護主義は負の連鎖を引き起こす。物価は上がり、競争力と雇用は失われる。国際貿易の減速と先行きへの不安から世界経済の成長は鈍化する。

保護主義が効果的でないどころか逆効果であることを歴史は明確に示す。バリューチェーン(価値連鎖)がグローバル化し、国際協力なしに技術革新が進まない現代において経済的国境を閉ざせば、世界全体のレジリエンス(回復力)が低下する。

保護主義は一見、経済危機や国内の圧力に対して即効性があるように思える。だが長期的なツケは目先の利益を上回る。国内産業は強化されるどころか孤立する。雇用は守られず、未来の可能性までつぶされる。

冒頭のコーヒーは、内向きで自滅的な1932年の保護主義経済の象徴だ。2025年なら電気自動車のバッテリーや医薬品かもしれない。

前進したいならば国際協力と市場の多様化、持続可能な競争力への投資を選ぶしかない。今の時代、賢明な道はほかにない。

The Conversation

Deniz Torcu, Adjunct Professor of Globalization, Business and Media, IE University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.



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