最新記事
米ウ関係

トランプは勝ったつもりでいるが...米ウ鉱物資源協定の真の勝者はゼレンスキー?

Why Zelensky – not Trump – may have ‘won’ the US-Ukraine minerals deal

2025年5月12日(月)18時10分
イブ・ウォーバートン(オーストラリア国立大学特別研究員)、オルガ・ボイチャク(シドニー大学上級講師)
米ウ鉱物資源協定によってアメリカはウクライナ戦争の利害関係者となった

米ウ鉱物資源協定によってアメリカはウクライナ戦争の利害関係者となった Mykhailo Repuzhynskyi-shutterstock

<トランプはゼレンスキーを屈服させたと勘違いしているようだが...。アメリカよりむしろウクライナ側が協定で得をするこれだけの理由>

4月30日、トランプ政権はウクライナとの間で、同国の天然資源の特別な権益をアメリカに認める協定に署名した。

一部報道はこの合意を、ウクライナのゼレンスキー大統領がトランプ米大統領の要求に「屈した」と表現した。しかし、われわれはこの合意をゼレンスキーによる巧妙な交渉の成果と見ている。


この協定はウクライナとアメリカにとって何を意味するのだろうか。

鉱物資源が豊かなウクライナ

ウクライナには、世界の重要鉱物の5%が存在するとされる。同国ではEUが安全保障、建設、ハイテク製造に不可欠と認定した34種のうち22種が確認されているという。

ただ、「資源量」(地中にある鉱物の量)と「埋蔵量」(商業的に採掘可能な鉱物の量)は異なる。ウクライナで確認された鉱物の「埋蔵量」は限られている。

さらに、ウクライナの鉱物資源の推定価値は約14.8兆米ドルだが、その半分以上が現在ロシアに占領されている地域に存在している。

アメリカによる国外紛争への介入は通常、アメリカの経済的利益(多くの場合、資源の搾取)の確保が目的だ。中東やアジアでも、アメリカの海外介入は米企業に石油、ガス、鉱物などの資源の権益をもたらしてきた。

今年2月にゼレンスキーが拒否した米ウ鉱物協定の初期案は、今までアメリカが行ってきた搾取と比較しても、とりわけ露骨な資源略奪だった。同案では、ロシアの攻撃から守る見返りとして、アメリカにウクライナの領土と資源に関する主権を譲渡することが求められていたのだ。

この条件は、長年にわたり軍事的に領土を侵されてきたウクライナに対して極めて搾取的で、かつ天然資源の所有権は自国民にあると規定するウクライナ憲法に違反していた。この案をゼレンスキーが受け入れれば、国民からの強烈な反発は避けられなかっただろう。

しかし新協定は、初期案と比較すればウクライナの戦略的および(将来の)商業的な勝利と見なすことができる。

まず、この新協定は初期案より公正で、ウクライナの短期的・中期的な利益と合致している。実際、ゼレンスキーは新協定を「対等なパートナーシップ」で、ウクライナの近代化を推進するものとしている。

ウクライナに海外投資を呼び込むため、米ウ両国が管理する復興投資基金も設立される予定だ。

この基金に、ウクライナは将来的な重要鉱物や石油・ガス資源の開発による収入の50%を拠出する。一方、アメリカは軍事支援や技術移転といった形で基金に「出資」することが想定されている。

Ukraine and the United States signed the Agreement on the Establishment of a United States-Ukraine Reconstruction Investment Fund

[image or embed]

— Ukrainska Pravda (@pravda.ua) 2025年5月1日 8:55

他にも、ウクライナは自国の天然資源および国営企業の所有権を保持できる。開発に関わるライセンス契約も、ウクライナの国内法に大幅な改正を求めるものではなく、将来的な欧州統合にも支障をきたさない。

そして協定の中でもとりわけ重要なのは、これまでアメリカから受けた軍事支援に対し、ウクライナが過去にさかのぼって債務を負うとの言及が一切ない点である。もしそのような条項が盛り込まれていれば、他国も同様の請求をウクライナに行う可能性があり、非常に危険な前例となっただろう。

何より、この協定では安全保障上の保証がなされなかったとはいえ、トランプ政権が「自由で、主権を持ち、繁栄するウクライナ」への支持を表明するものであったことも重要なポイントだ。

鉱物開発による利益は長期的な視点で行う必要性がある

トランプ政権および米保守系メディアはこの協定を「勝利」として位置づけている。

トランプも、アメリカ納税者が負担する軍事援助をウクライナが長年にわたり享受してきたとし、今後はその援助にも対価が必要だと主張している。トランプ政権はこの協定について、ウクライナ支援にかかった費用を回収できる営利事業としてアメリカ国民に説明している。

だが実際には、鉱山開発で利益が上がるようになるまでには相当な時間を要する。

協定の条項には、投資対象は新規の資源プロジェクトに限定され、既存の操業や国営プロジェクトは対象外だと明記されている。

鉱山開発は通常、長期的な計画に基づき行われる。探鉱から生産までには非常に時間とコストがかかる上、リスクも高い。実際、操業開始までに10年以上かかることも珍しくない。

さらにウクライナの埋蔵資源が実際にそれほど価値があるのか、懐疑的な専門家もいる。仮に有望な鉱床があったとしても、それを商業的に成立させるには巨額の投資が必要だ。

アメリカにとって、米ウ鉱物協定は鉱物より重要な意味を持つ

とはいえ、アメリカにとって利益は副次的な要素かもしれない。アメリカは中国の排除を重視していると考えられているためだ。

中国は、世界における多くのレアアース鉱床の利権を有するだけでなく、グリーンエネルギーや防衛技術に使用される重要鉱物の精錬、加工においても独占的な地位を確立している。

アメリカは、中国がこうした市場支配を地政学的な武器として利用することを警戒している。このため米欧諸国は鉱物サプライチェーンの強靭性を外交政策や防衛戦略の中核に据え始めている。

また、中国がロシアと親密であり、両国が資源分野で連携を深めていることを踏まえると、米ウ協定はロシア、ひいては中国によるウクライナ資源の権益確保を阻止する狙いもある。

実際、協定文には、「ウクライナに対して敵対的行動をとった国家および個人が、ウクライナ復興事業から利益を得ることはできない」と明記されている。

最後に、「協定」というパフォーマンス自体がトランプにとって極めて重要な意味を持つ。ゼレンスキーに署名させるという事実そのものがアメリカにとって前進なのだ。米国内のトランプ支持層には好印象を与え、ロシアのプーチン大統領に対して交渉への圧力をかける材料ともなる。

この協定は「独立したウクライナ」にアメリカを関わらせるという意味でゼレンスキーの勝利だといえる。そして仮にウクライナの重要鉱物埋蔵が期待外れだったとしても、トランプにとってはそれが本質的な問題ではない可能性があるのだ。

The Conversation

The Conversation

Eve Warburton, Research Fellow, Department of Political and Social Change, and Director, Indonesia Institute, Australian National University and Olga Boichak, Senior Lecturer in Digital Cultures, Australian Research Council DECRA fellow, University of Sydney

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

ニューズウィーク日本版 2029年 火星の旅
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年5月20日号(5月13日発売)は「2029年 火星の旅」特集。アメリカが「赤い惑星」に自給自足型の都市を築く日

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


ビジネス
栄養価の高い「どじょう」を休耕田で養殖し、来たるべき日本の食糧危機に立ち向かう
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

クルド武装組織が解散決定、「歴史的使命完了」 トル

ワールド

印パ、停戦後の段階に向け軍事責任者が協議へ 開始遅

ワールド

米中、関税率を115%引き下げ・一部90日停止 ス

ビジネス

トランプ米大統領、薬価を59%引き下げると表明
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    シャーロット王女の「親指グッ」が話題に...弟ルイ王子との微笑ましい瞬間が拡散
  • 3
    「隠れ糖分」による「うつ」に要注意...男性が女性よりも気を付けなくてはならない理由とは?
  • 4
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 5
    ロシア機「Su-30」が一瞬で塵に...海上ドローンで戦…
  • 6
    SNSにはトップレス姿も...ヘイリー・ビーバー、ノー…
  • 7
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 8
    ロシア艦船用レーダーシステム「ザスロン」に、ウク…
  • 9
    「股間に顔」BLACKPINKリサ、ノーパンツルックで妖艶…
  • 10
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 3
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 4
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 5
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 6
    SNSにはトップレス姿も...ヘイリー・ビーバー、ノー…
  • 7
    シャーロット王女の「親指グッ」が話題に...弟ルイ王…
  • 8
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    ロシア機「Su-30」が一瞬で塵に...海上ドローンで戦…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 5
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 6
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中