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習近平も演説で引用...トンデモ論文が次々生まれるほど、諸葛亮が中国で一目置かれている理由とは?

2024年10月5日(土)10時00分
安田峰俊(紀実作家・立命館大学人文科学研究所客員協力研究員)

しかし、これなどは序の口である。 2023年に発表された、雲南民族大学講師の姜南の論文は、諸葛亮の南征を「蜀漢分裂勢力の頑迷な抵抗とその野心を粉砕・消滅させ、真の意味での民族団結と祖国郷土の防衛の目的を実現した」と論じている。

また、2020年前後には別の研究者が「諸葛亮文化精神と社会主義核心価値観の結合性の研究」「諸葛亮精神を大学生の政治思想教育に注入するための私論」などといった論文を書いている例もある。なお、社会主義核心価値観とは現在の習近平政権下で提唱されている、中国人民が守るべき道徳的価値観のことだ。


 

これらの怪しい論文の著者は、多くが世間であまり名が知られていない若手の歴史研究者たちだ。力のない立場ゆえに、時勢に阿ったトンデモ文章を書かざるを得ない気の毒な事情があるのかもしれない。

また、現在にはじまった話ではないが、「『天下三分の計』は中華世界を切り分ける国家分裂主義ではないか」「いや最終的には中国の統一を目指していたので問題はない」といった、外国人の目には不毛としか思えない議論も、中国では長年にわたり絶えず繰り返されている。

むしろ近年は、ネットニュースなどで通俗的な記事が増えたことで、一般人の間でもこの手の議論が広がっている気配さえある。 さらに「諸葛亮が勝ち目の薄い軍事行動(北伐)のために蜀の国力を消耗させた行動は愚忠(愚かな忠義)であり、軍事思想的にも正しくないので、『出師表』を学校で教えることはやめたほうがいい」といった主張も、定期的に蒸し返されて議論になっている。

日本人の感覚からすると、古典を学ぶ目的は、文学表現や時代背景を理解して教養を深めるためで、書かれた内容を無批判に受け入れるためではないように思う。だが、中国における古典は必ずしもそのようには扱われない。

好意的に解釈すれば、中国人は歴史人物や古典との距離感覚が日本人よりもずっと近く、自分たちの社会の延長線上にある存在として捉えている。だからこそ、諸葛亮についてもこうした話題が出てくるとも言える。

諸葛亮は約1800年前の人物にもかかわらず、日本人の創作物のなかで渋谷のパリピにされてしまうほど身近な存在だ。しかし、中国においてもこれとは別の意味で、やはり近しい存在として生き続けているのである。


安田峰俊(やすだみねとし)
紀実作家。立命館大学人文科学研究所客員協力研究員。朝日新聞論壇委員(23'~24')。広島大学大学院文学研究科博士前期課程修了(中国近現代史)。『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』(KADOKAWA)が第5回城山三郎賞、第50回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。他に『さいはての中国』(小学館新書)、『現代中国の秘密結社』(中公新書ラクレ)、『「低度」外国人材』(KADOKAWA)、『中国vs.世界』(PHP新書)など著書多数。



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