最新記事

中東

イランを追い込むトランプ式の和平「包囲網」

A Nightmare for Iran

2020年9月26日(土)14時00分
メイサム・ビーラベシュ(政治学者)、ハミドレザ・アジジ(中東研究者)

イスラエルのプレゼンスが地域安全保障を置き換える(ホルムズ海峡での軍事演習について説明するイラン海軍司令官、11年12月) Hamed Jafarnejad/Fars News/REUTERS

<UAEに続きバーレーンもイスラエルと国交を樹立――核心的利益を守る「自然の要塞」に亀裂が入り、戦略的奥行きを失うイランが暴発する日>

イスラエル、アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーンが国交正常化の合意文書に署名する式典は9月15日にホワイトハウスで行われたが、世界が「歴史的瞬間」を目の当たりにしたのはこれに先立つ8月13日──ドナルド・トランプ米大統領がUAEとイスラエルの国交正常化を取り決めた「アブラハム合意」成立を発表したときである。

新たにバーレーンも加わったこの合意は、大統領選を控えたトランプにとっては大いにアピールすべき「外交上の成果」でも、イランにとっては重大な脅威にほかならない。

イスラエルとUAEが国交を結んだ翌日、イラン外務省はこの合意を「パレスチナの人々に剣を突き刺す行為」と非難した。その翌日にはイラン革命防衛隊が、合意は「歴史的な愚行」であり、UAEは「危険な未来」に直面することになると警告を発した。

イランのハサン・ロウハニ大統領も「イスラエルがこの地域に踏み込むことを許すなら、(UAEは)別の扱いを受けることになる」と警告。これに対しUAEは、首都アブダビに駐在するイランの代理大使を呼びつけて、ロウハニの「脅迫」まがいの「緊張をあおる」発言に抗議した。

イラン軍の制服組トップ、モハマド・バゲリ参謀総長も非難の大合唱に加わり、イランの対UAE政策は「根底的な転換」が必要だと主張した。

イラン指導層の怒りの大合唱の総仕上げは、最高指導者アリ・ハメネイ師が9月1日に行ったテレビ演説だ。「パレスチナ問題を忘却の淵に追い込み、イスラエルがこの地域に踏み込むのを許した」UAEの決定は「イスラム世界、アラブ諸国、周辺諸国、そしてパレスチナに対する裏切り」だと、断罪した。

折しもその前日には、イスラエルからサウジアラビア領空を通過してアブダビに向かう直行便が運航を開始。初のフライトにはイスラエル高官と共に、ハメネイが「トランプ一家のあのユダヤ人」と呼ぶ人物、つまりトランプの娘婿で上級顧問のジャレッド・クシュナーが搭乗していた。

制裁逃れも難しくなる

イランはなぜトランプ式「中東和平」に猛反発するのか。地図を見れば一目瞭然だ。この合意により、イスラエルはイランの目と鼻の先に「足場」を築けることになる。

1979年の革命で現体制が発足して以来、イランの指導層はパレスチナをめぐるイスラエルとアラブ諸国の対立を政治的に利用し、「大悪魔」アメリカとその盟友イスラエルを思想的にこき下ろす中傷キャンペーンを展開してきた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

訂正:中国軍事演習2日目、台湾周辺で「権力奪取能力

ワールド

ロシア軍参謀次長、収賄容疑で逮捕 高官の拘束相次ぐ

ビジネス

日本株ファンド、過去最大の資金流出=BofA週間調

ビジネス

トヨタ、液体水素エンジン車の航続距離1.5倍の13
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決するとき

  • 2

    「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレドニアで非常事態が宣言されたか

  • 3

    黒海沿岸、ロシアの大規模製油所から「火柱と黒煙」...ウクライナのドローンが突っ込む瞬間とみられる劇的映像

  • 4

    戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目…

  • 5

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 6

    テストステロン値が低いと早死にするリスクが高まる─…

  • 7

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された─…

  • 8

    韓国は「移民国家」に向かうのか?

  • 9

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 10

    国公立大学の学費増を家庭に求めるのは筋違い

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 8

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決す…

  • 9

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 10

    「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレ…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中